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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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値踏みされる安全

深夜の工房裏に、冷たい夜気が満ちていた。

俺は目の前の麻袋を見下ろす。ヴァルガス商会の紋章。その上に無造作に置かれた羊皮紙の切れ端には、流麗な筆跡でこう記されていた。



『君の「安全」には、いくらの値がつく?』



怒りよりも、先に冷え切った分析が頭を占める。感情で対応すべき問題ではない。これは、もっと静かで、底の知れない何かの始まりを告げていた。

俺は麻袋の口を開け、中身を手のひらにこぼした。盗まれたはずの革の端切れが数枚。指先でその感触を確かめると、微かな違和感に気づく。

鞣しが甘い。表面の質感は、新人冒険者たちから受け取った使い古しの革とは明らかに異なる。新品に近い代物だった。



……なるほど。



単なる妨害ではない。俺が素材の違いを見抜けるか、この挑発にどう反応するかを見ている。つまりは、テストだ。値踏みされているのは、俺の作る「安全」だけじゃない。この俺自身も含まれていた。



翌朝、工房の扉が控えめに三度叩かれた。開けると、リリィが心配そうな顔で立っている。右腕にはまだ白い包帯が巻かれ、動きは少しだけぎこちなかった。

「アキラ、大丈夫…? 昨日、その…大変だったって聞いて」

彼女の視線が、俺の目の下にできた濃い隈を捉えているのが分かった。一睡もせずに思考を巡らせた結果だった。

「問題ない」

俺は短く告げた。余計な心配はかけたくない。特に、まだ怪我が完治していない彼女には。

リリィは何か言いたげに唇をきつく結んだ。小さく頷く。

「…そっか。アキラが大丈夫って言うなら信じる。でも、無理だけはしないでね」

その言葉が、冷え切っていた思考の回路にわずかな熱を灯す。守るべきものがここにある。だからこそ、負けるわけにはいかない。



リリィが帰った後、俺は工房の隅で一人、思考の海に沈んでいた。

盗まれた革の代替品を探すのは簡単なことだ。だが、それでは駄目。相手の掌の上で踊るだけになる。

本質はそこじゃない。考えるべきは『なぜ革だったのか』。

俺のプロテクターの核は、鉄板の内側に仕込む緩衝材だ。現状、その役割を担っているのは、新人たちが持ち寄った革の端切れだった。ヴァルガス商会は俺の装備の構造を正確に分析し、その心臓部である『素材』を的確に攻撃してきた。

これは、俺の装備が『特定の素材に依存している』という弱点を突かれたことを意味する。供給を断てば、俺の作る「安全」は砂上の楼閣に過ぎない。そう突きつける無言の圧力だった。

彼らは俺の価値を測り、いずれその技術ごと支配下に置くつもりなのだろう。金で買える「安全」を独占するために。



どうすれば、この盤面を覆せる?

素材への依存から脱却するしかない。どうやって?

答えを求め、俺は意識を深く沈めた。死に戻りの記憶の奔流へ。

何度も繰り返した死の光景が、脳裏を駆け巡る。ゴブリンに殴り殺された記憶。落石に潰された記憶。

不意に、あるループの光景が鮮明に浮かび上がった。

それは、洞窟の奥で偶然手に入れた、光り輝く魔法の剣を握っていた時の記憶だった。伝説級、とでも言うべき業物。刀身から淡い源素の光を放ち、見るからに強力な武器。

これで勝てる。そう信じて疑わなかった。

しかし、現実は違った。剣は、平均以下の身体能力しかない俺の腕には重すぎた。振り回すだけで体力を奪われ、重心を崩される。込められた魔法の力も、素養のない俺には引き出せない。結果、俺はその剣の重さに足を取られ、呆気なくゴブリンの棍棒に頭を砕かれて死んだ。

あの時、俺が手にしていたのは、最強の武器ではなかった。ただの、重い鉄塊。

光景が薄れていく中で、一つの真理が、静かに俺の中に染み込んでいく。



「……そうか。最強は、時として最弱になる」



強い装備ほど、使い手を選ぶ。その性能を百パーセント引き出せる者でなければ、それはただの足枷でしかない。誰もが最強の使い手になれるわけじゃない。ほとんどの人間は、俺のように不器用で、臆病なのだ。

俺は窓の外に目をやった。エルドニアの街並みが見える。そこにいるのは、英雄ではない、普通の人々。



ヴァルガス商会は、俺の弱点を突いたつもりだろう。革という、比較的手に入りやすいが、それでも金で取引される素材への依存を。

だが、それは彼らの価値観でしかない。

俺は立ち上がり、工房の隅に積んでおいた素材に目を向けた。

親方から使用を許可された、質の低い廃材。その中から見つけ出した、使い古しの丈夫な布の束。俺自身が工房裏の川辺で刈り取ってきた、水に強くしなやかな蔓。

これらは、金を出して買うようなものではない。その気になれば、誰でも、どこででも手に入れられる。

革のように分厚くはない。だが、布を何層にも重ね、間に編み込んだ蔓の弾力を組み合わせればどうだ? 衝撃を一点で受け止めるのではなく、面で分散させ、逃がす。

革よりも、もっと安く。

革よりも、もっと軽く。

革よりも、もっと簡単に手に入り、誰でも修理できる緩衝構造。

妨害は、俺の思考を縛っていた『革』という前提を破壊してくれた。彼らは俺の装備の価値を下げようとして、結果的に、その価値を別次元へ引き上げるきっかけを与えたのだ。



俺は金槌を手に取る。

親方との約束通り、工房の備品は使わない。自分の道具と、許された廃材だけで作る。

蔓を編み、布を裁断し、重ねていく。不格好で、みすぼらしい試作品が、ゆっくりと形になっていく。それは、これまでのプロテクターとは全く違う思想から生まれたものだった。

工房の窓から差し込む月明かりが、その不格好な塊を照らす。

俺はそれを手に取り、ヴァルガス商会の問いかけに、心の中で答えた。



値が付けられないほど、当たり前の安全を作る。それが俺の答えだ。



完成したばかりの緩衝材の試作品を手に、俺は静かに宣言する。

「お前たちが奪った素材は、もう俺には不要だ。俺は、もっとありふれたもので、お前たちの想像を超える安全を作る」

その決意は、確かな熱を帯びていた。

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