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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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3/16

鉄屑の価値、命の重さ

割れるような頭痛と、胃の底からせり上がってくる吐き気で、俺は目を覚ました。

工房の屋根裏、硬い寝床の上。何度も繰り返した死の反動が、まだ身体にこびりついている。視界がぐらつき、指先が冷たい。それでも、俺は震える手で、灯りのそばに置いていた羊皮紙の切れ端を引き寄せた。

そこに描かれているのは、無数の線と書き込みで埋め尽くされた、衝撃吸収プロテクターの設計図。

何度も死んで、何度も叩き潰され、何度も骨を折られて、ようやくたどり着いた答えだ。脳裏にリリィの笑顔が浮かぶ。彼女と交わした「転んだ時の打撲にも強い防具」という約束。必ず、この手で完成させてみせる。次は、絶対に死なせない。この思考だけが、軋む精神を繋ぎとめる唯一の楔だった。



翌朝、俺は夜明け前の薄暗い工房で、既に手に入れていた廃材の山に向き合っていた。革の端切れ、硬化したもの、柔らかすぎるもの。乾燥してばらばらになった藁束。これらがリリィの命を守る鎧になる。

他の職人たちが起き出す前の静寂の中、俺は黙々と作業を始めた。革を選別し、ナイフで決まった形に切り出していく。その物音を聞きつけたのか、背後から低い声がかかった。

「おい、アキラ。朝から何をごそごそやってやがる」

親方だった。寝巻き姿のまま、腕を組んで俺を見下ろしている。その視線には呆れと不審の色が混じっていた。

俺は作業の手を止め、頭を下げる。

「すみません。少し、試したいことがあって」

「試したいこと、だと? そんな鉄屑いじりのために、本業の時間を削るんじゃねえぞ」

親方の言うことはもっともだ。俺はただの見習いで、給金をもらっている以上、工房の仕事が最優先。

それでも、これを止めるわけにはいかなかった。俺はもう一度頭を下げた。「それと…すみません。手持ちの分では足りそうにないので、あちらの藁も、もう少しだけ分けていただけないでしょうか」

しばらくの沈黙の後、親方は深いため息を一つ吐いた。

「……鉄屑の使い道も藁も、好きにしろ。ただし、仕事に穴はあけるなよ」

それだけ言うと、親方は背を向けて母屋へと戻っていった。怒鳴られることも、追い出されることもなかった。それは、不器用な男が見せた、最大限の黙認だった。



俺が工房の隅で試作品作りに没頭している間、外の世界はいつも通りに動いていた。ハンマーの音、人々の喧騒。俺はそれらすべてを意識の外に追いやり、ただひたすらに手を動かし続けた。

だから、気づかなかった。

工房の向かいの路地、その影に人影が潜んでいたことにも。そこから何者かが、俺の作業をじっと観察していたことなど、知る由もなかった。



数日後、俺は完成したプロテクターを手に、リリィと待ち合わせ場所に来ていた。

出来上がったそれは、お世辞にも格好のいいものではなかった。分厚い革を何層にも重ね、その間に衝撃を分散させるための藁を詰めただけの、不格好な塊。脇腹と腰を覆うだけの、ひどく地味な代物だ。

「待たせた」

駆け寄ってきたリリィは、俺の目の下の隈を見て、わずかに目を見開いた。彼女の右腕にはまだ包帯が巻かれている。

「アキラ、これ…」

「試作品だ」

俺はぶっきらぼうにプロテクターを差し出した。

「これは、お守りじゃない。失敗するための装備だ。…だから、無茶はするな」

万能ではない。死なないことを保証するものでもない。この不格好な塊が、本当に冒険者の命を救えるのか。確信はない。ただ、最悪の結果になる確率を、ほんの少しだけ下げるための道具。それが俺に作れるものの限界だった。

リリィは黙ってプロテクターを受け取ると、そのずっしりとした重みを確かめるように両手で包み込んだ。そして、まっすぐに俺の目を見て、花が咲くように笑った。

「うん、ありがとう! 大事に使うね!」

その笑顔に、俺は何も言えず、ただ視線を逸らすことしかできなかった。



リリィは再びゴブリンの討伐依頼を受け、仲間と共に洞窟へ向かった。

ギルドの出発前、彼女が不格好なプロテクターを革鎧の上から装着していると、パーティを組む別の冒険者が嘲るように言った。

「おいおいリリィ、なんだそりゃ。そんなガラクタ、気休めにもならないぜ」

「なるよ。アキラが作ってくれたんだから」

リリィは迷いなく答えた。その絶対的な信頼が、俺の胸を締め付ける。

洞窟の中は湿った空気と、獣の臭いが満ちていた。リリィは剣を抜き、慎重に先へ進む。

戦闘は唐突に始まった。岩陰から飛び出してきた数匹のゴブリン。仲間との連携で一体を仕留めた、その直後だった。

視界の端、完全な死角から、別のゴブリンが棍棒を振りかぶっていた。

まずい、と思った時にはもう遅い。

ゴッ、という鈍い音が響き、リリィの脇腹に強烈な衝撃が突き刺さった。

本来なら、肋骨が砕け、肺に達するほどの威力。激痛で呼吸もままならず、戦闘不能に陥る一撃。

だが、違った。

息が詰まり、視界が白むほどの痛みはある。しかし、骨が折れる甲高い感覚はない。分厚い革と藁の層が、棍棒のエネルギーを鈍く受け止め、拡散させていた。

「ぐっ…!」

リリィはたたらを踏むが、倒れない。即座に体勢を立て直し、痛みで顔を歪ませながらも、自分を殴ったゴブリンに剣を突き立てた。



ギルドに戻ったリリィは、興奮した様子で仲間たちに語っていた。

「見てよこれ! ここにすごい凹みができてるけど、おかげでアバラは無事だったんだ!」

彼女が指差すプロテクターには、棍棒の形がくっきりと残る深い凹みができていた。あの一撃を受けて、打撲と痣だけで済んだという事実は、何より雄弁な証拠だった。

「アキラが作ったガラクタが、また私の命を救ってくれたよ!」

昨日まで装備を嘲笑していた冒険者たちの顔から、侮りの色が消えていた。驚きと、興味。そして、ほんの少しの尊敬。彼らの見る目が、確かに変わり始めていた。

俺はその輪から少し離れた場所で、リリィから返されたプロテクターを調べていた。彼女が無事だったことに、心の底から安堵する。

だが、指で凹みをなぞり、その深さを確かめると、新たな課題が浮かび上がる。

まだだ。まだ足りない。

衝撃は殺しきれていない。もっと効率よく、もっと確実に。

俺は静かに、次なる改良を心に誓った。



その夜、工房の屋根裏部屋で設計図の修正を考えていると、控えめに扉を叩く音がした。

こんな時間に誰だろうか。親方にしては静かすぎる。

俺が訝しみながら扉を開けると、そこには見覚えのある顔がいくつか並んでいた。昼間、リリィの話を聞いていた新人冒険者たちだった。

先頭にいた男がおずおずと口を開く。

「あの…『転んでも死なない防具』、俺たちにも売ってくれないか?」

――俺の作った安全装備が、初めて『商品』として求められた瞬間だった。

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