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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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保証なき明日への設計図

「保証なき明日への設計図」

模擬戦の熱狂が残した火照りは、夜の冷たい空気に溶けていく。工房の中は、昼間の喧騒が嘘めくほど静まり返っていた。俺は作業台の前に座り、自らの手が生み出した勝利の余韻に浸る。疲労困憊のはずなのに、妙に意識は冴えていた。



「この壊れ方は、論理的ではありません。実に興味深い異常性です」



静寂を破ったのは、セレスティアの冷静な声だった。彼女は作業台に広げられたリジッド・ウィーブの破片を、指先で慎重になぞる。ボルガの一撃を受け止め、砕け散ったプロテクターの残骸。



「事実として、素材そのものが不安定な源素の影響を受けている。私の仮説がまた一つ、証明に近づきました」

「……世界の歪み、ですか」



彼女の言葉が、工房の空気をさらに冷たくした。俺の技術の根幹。ありふれた素材を組み合わせ、特定の機能に特化させるクラフトは、素材の安定性という大前提の上に成り立っている。それが、未知の脅威に根元から揺さぶられていた。ついさっきまで胸にあった確かな達成感が、急速に温度を失う。



翌朝、工房の扉を開けた俺は、目の前の光景に言葉を失った。

扉の前から通りまで、人だかりができている。その最前列で、リリィが満面の笑みで手を振っていた。「アキラ、すごいよ! みんな、アキラの防具の話で持ちきりなんだから!」彼女の明るい声が、俺の戸惑いを少しだけ和らげる。屈強な体つき、使い込まれた武具。昨日まで俺の装備を鼻で笑っていたような、中堅の冒険者たちがずらりと並んでいた。



「おい、鍛冶屋! あんたの防具、売ってくれ!」

「そうだ、あのAランク冒険者の攻撃に耐えたやつだ! セレスティアって学者の計算じゃ、敗北確率99%だったんだろ!?」

「金なら出す!」



口々に飛び交う熱のこもった声。彼らの視線は、もはや嘲笑ではない。純粋な期待と興味に満ちていた。これまでの苦労、地道な試行錯誤が、確かに報われた瞬間だった。胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。



その喧騒の真ん中、俺の脳裏には昨夜のセレスティアの警告が不気味に響いていた。

『歪みはまず、最も弱い部分から現れます。食料で言えば、特定の作物が不作になる。素材で言えば、ありふれた鉱石や植物が変質する。それは、やがて我々の生活の土台そのものを蝕んでいくでしょう』

目の前の成功は、焼き入れを失敗した脆い刃に見えた。俺は冒険者たちに当たり障りのない返事をしながらも、表情が硬くなるのを止められない。



冒険者たちをなんとか追い返し、工房の奥で再びセレスティアと向き合った。彼女はエルドニア周辺を示す大きな地図を広げる。そこには、彼女が観測したという『源素の異常値』を示す赤い印がいくつも記されていた。



「こちらが、隣国との国境地帯で最近報告されている原因不明の事象の発生地点です」



セレスティアが指し示した場所は、赤い印と不気味に重なる。『鉱脈の枯渇』『植物の奇形化』。俺がリジッド・ウィーブの材料に使っている川辺の葦や、森の蔓。それらですら、いつ変質し、使い物にならなくなるか分からない。「この現象は、もはや単なる素材の変質ではありません。事実として、世界の理そのものが軋み始めている兆候です。このまま放置すれば、いずれ大厄災の再来も……」自分のクラフトの土台そのものが、音もなく侵食されている。鍛冶場の炉の火が不意に消えた。底冷えする感覚が背筋を走った。



座して待つのは性に合わない。恐怖に思考を奪われる前、俺は口を開いた。

「…なるほど。要するに、情報が足りないんですね」

俺はセレスティアに向き直る。「歪みの影響を受けにくい素材の組み合わせパターンを、洗い出してほしい。理論上の可能性で構いません」

セレスティアへの依頼を終え、俺は工房を出た。自警団の詰め所へ足を運び、グレイさんを探し出す。そして、事情を簡潔に説明し依頼した。

「国境付近のパトロールを強化し、現地での具体的な素材の変化に関する情報を集めてほしいんです。どんな些細なことでも」

これはもはや、一個人のクラフトの問題ではない。都市の、いや、もっと大きな範囲での情報戦だ。俺がリーダーシップを取るなんて柄じゃない。だが、やらなければならない。



グレイさんとの話を終え、俺は急いで工房に戻った。セレスティアと素材の組み合わせについて議論を重ねる。思考を巡らせる中、ふと、ある考えが頭をよぎった。

――数回試せば最適解は見つかる。最悪、死ねばいい。

その思考に気づいた瞬間、俺は愕然とした。血の気が引く。いつの間にか、俺は自分の命を、失敗を許容するためのコストとして計算に入れていた。死に戻りに、慣れてしまっていた。

俺の表情から一瞬、血の気が引いたのを彼女は見逃さなかったのだろう。セレスティアが鋼を打つ金槌の一撃のように、的確な鋭さで告げた。



「この歪みの環境下では、あなたの『死に戻り』が正常に機能する保証はどこにもありません。最悪の場合、戻るべき座標そのものが失われる可能性も否定できません」



記憶の混濁。座標の喪失。それは、俺という存在そのものが、この世界から消滅することを意味していた。絶対の安全策だと思っていたものが、最も不確かなものに変わる。心臓を掴まれた。恐怖が全身を駆け巡る。



その夜、工房で一人。

机の上には、昼間の冒険者たちが置いていった注文書の山と、セレスティアが残した歪みのデータが記された羊皮紙が並んでいる。希望と絶望が、同じ机の上で隣り合う。

俺は腰に差した、親方の金槌をそっと抜いた。何度も握りしめてきた、手に馴染んだ木の柄。その冷たい鉄の感触を確かめるように、強く、強く握りしめる。

しかし、その手は微かに震えていた。脳裏に焼き付いた幾多の死の記憶は、今や道標ではない。踏み外せば奈落に落ちる崖っぷちだ。



「……失敗できない。一度も」



絞り出した声は、自分でも驚くほどか細かった。死に戻りという保険はない。失敗すれば、誰かが死ぬ。俺が死ぬ。次はないかもしれない。初めて「死なない」ことではなく、「失敗しない」ことの途方もない重圧が、全身にのしかかってきた。



俺が新たな覚悟で設計図に線を引こうとした、その時だった。

工房の扉が、蹴破るような勢いで乱暴に開け放たれた。

詰め所から駆けつけてきたのだろう、血相を変えたグレイさんが、肩で息をしながら飛び込んでくる。



「アキラ! 大変なことになった」



彼の声には、これまで聞いたことのない焦りが滲んでいた。



「国境の斥候部隊が…消息を絶った。そして現場には奇妙な植物の残骸と…見たこともない魔物の痕跡があったそうだ」



グレイさんの目が、俺を射抜く。彼は懐から油紙に包まれた何かを取り出し、机に広げた。黒ずんだ、棘だらけの植物の断片。



「歪みの影響か、それとも…戦争の始まりかもしれん…」

息を呑む。金槌を握る指先に、爪が食い込むほどの力がこもった。斥候部隊の消息不明。それは単なる軍事的な損失ではない。歪みが、ついに国境線を越えて人の命を直接脅かし始めた、何より雄弁な証拠だった。

「……この植物は?」俺はかろうじて声を絞り出す。

「ああ。現場に残された植物は、意志を持つかのように兵士たちの骸に絡みついていたそうだ。魔物の足跡は、どの文献にもない異様な形だったと」

その植物の断片に見覚えがあった。……いや、まさか。俺が使っていた川辺の蔓か? だが、こんな禍々しい変貌を遂げるなんて……。

グレイさんの言葉が、冷たい刃となって胸に突き刺さる。俺が研究していたデータと符合する。そして、それ以上に進行が早い。俺の予測を、現実は軽々と超えようとしている。



「戦争じゃない……。これは、もっと別の侵略だ」



俺の呟きに、グレイさんは厳しい表情で頷いた。「だからこそ、お前に伝えに来たんだ。アキラ、もう時間がない」

その通りだ。机の上の設計図が、急に色褪せて見えた。これはまだただの紙切れだ。形にしなければ、誰一人救えない。震えていたはずの手が、いつの間にか固くこわばっていた。恐怖ではない。怒りと焦りが、俺の血を沸騰させていた。

「グレイさん。しばらく誰も工房に入れないでくれ。水と食料だけ、後で扉の前に」

俺はグレイさんの目を見据えて言った。彼は一瞬目を見開いたが、覚悟を決めた表情で深く頷く。

「……わかった。任せたぞ」

彼が静かに扉を閉めると、工房は再び沈黙に包まれた。だが、先ほどまでの重圧とは質の違う、熱を帯びた空気が満ちていた。俺は金槌を机に置き、設計図を睨みつける。

震えは、完全に止まっていた。

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