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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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修理講習会と商人の招待状

朝の光が工房に差し込み、床に散らばる鉄屑や革の切れ端を照らし出していた。昨夜までの激闘の痕跡が、かすかに光を反射する。手にしたモジュラー式プロテクターの、冷たく滑らかな感触。幾度もの死の記憶を乗り越えてたどり着いた確かな重みが、前話までの疲労を心地よい充足感に変えていた。その充足感が、俺の『安全工房』がここから始まるのだという確信へと変わる。

「やったね、アキラ!」

隣でリリィが屈託なく笑った。彼女の腕にはまだ昨日のテストでついた打撲の痕がうっすらと残っているが、表情は晴れやかだ。グレイも満足げに頷き、遠巻きに見ていたセレスティアも、いつもより少しだけ口元を緩めているように見えた。

この手応え。この確信。

ここからだ。ここから、俺の「安全工房」が始まる。

そう、思っていた。



工房の扉が、弾け飛ぶように開け放たれた。

「はぁっ、はぁっ……! いた、いたぞ!」

飛び込んできたのは、見覚えのある顔。先日、俺のプロテクターを最初に買ってくれた新人冒険者の一団だった。リーダー格の少年は血相を変え、肩で大きく息をしている。その目には、絶望と懇願が混じった、切羽詰まった色が浮かんでいた。

工房の穏やかな空気は、一瞬で張り詰める。



「どうした、何があった」

グレイの低い声が響いた。少年は俺の足元に駆け寄ると、ほとんど泣きそうな声で訴え始める。

「ヴァルガス商会だ……! あんたのプロテクターを修理しようとしたら、どこの店も素材を売ってくれねえんだ!」

他の少年少女たちも、次々と言葉を重ねた。修理用の革や樹脂はもちろん、プロテクターに使われているような安物の素材まで、ヴァルガス商会が卸している店はすべて口裏を合わせたように販売を拒否するのだという。ギルド内でも「あの鍛冶師に関わるとヴァルガス商会に睨まれる」という噂が流され、彼らは完全に孤立させられていた。



「俺たちの装備、もうボロボロなんだ……。このままじゃ、ダンジョンに潜れない……死んじまうよ……」

少年の言葉が、俺の胸に突き刺さる。背中が冷えた。指先から血の気が引いていく。達成感に満たされていた心臓が、今、重い鉛のように沈む。

俺のせいだ。

俺がゼノスの誘いを断ったから。俺が、彼らに希望を持たせたから。

俺が関わらなければ、彼らはこんな目に遭わなかったかもしれない。

「……俺が、やめれば」

無意識に、声が漏れた。

工房を畳めば。俺がいなくなれば、ヴァルガス商会の標的も消え、彼らは元通りの生活に戻れるんじゃないか。それは、自己犠牲という名の逃避だった。



「ふざけないで!」

頬を叩かれたような衝撃。リリィの鋭い声が、俺の耳を打った。

「アキラのせいじゃない! 悪いのはヴァルガス商会でしょ! なんであんたが全部背負うのよ!」

「でも、俺のせいで……」

「それでも!」

俺の言葉を遮ったのは、リーダー格の少年だった。彼は悔しさに顔を歪め、それでも真っ直ぐに俺を見つめて叫んだ。

「それでも、あんたの装備じゃなきゃ死ぬんです! 俺たちみたいな新人は、高い装備なんて買えねえ! あんたのプロテクターがなかったら、とっくに死んでた仲間だっているんだ! だから……頼むよ……!」

懇願。それは、俺の存在そのものを肯定する、命がけの叫びだった。

そうだ。俺は、臆病で、慎重で、いつも最悪を想定する。この状況から目を背けることだけは、許されない。

俺の武器は、死に戻りの記憶だけじゃない。

支配の武器が『流通』なら、俺の武器は『知識』だ。奪えない、独占できない、共有することで強くなる武器だ。

「……わかった」

俺は顔を上げ、新人冒険者たちを一人一人見つめた。

「講習会を開く。君たちの装備を、君たち自身の手で直せるようにする」



グレイの計らいで、自警団の広い訓練場を借りることができた。「ヴァルガス商会への良い牽制になる」と、彼はぶっきらぼうに笑った。自警団にとっても、安価で信頼できる装備が市民に普及することは、巡り巡って街の安全に繋がる。

訓練場には、街中からかき集められた革の屑や麻紐、リリィが腕の打撲を庇いながらもゴミ捨て場まで駆け回って調達してきた大量の廃材が山積みになっている。彼女は誇らしげに胸を張っていた。

集まった新人冒険者は三十人ほど。皆、不安と期待が入り混じった顔で俺を見ている。

「今から、モジュラー式プロテクターの修理講習を始める。ヴァルガス商会が支配している素材は一切使わない」

俺はプロテクターを分解し、その単純な構造を見せる。衝撃を吸収する緩衝材、それを包む外装、固定用のベルト。すべては独立した部品モジュールだ。

「正規の素材がなければ、代用品を使えばいい。例えば、この川辺に生えている蔓。これを編んで樹脂で固めれば、革の代わりになる」

俺が実演してみせると、セレスティアが横から補足する。

「論理的です。蔓の繊維構造は衝撃を分散させるのに適しています。樹脂による硬化は、その効果を増幅させるでしょう」

彼女は「あくまで理論的補強です」と冷静を装っているが、その瞳には未知の実践知に対する学術的な興奮の色が浮かんでいるように見えた。

最初は戸惑っていた新人たちも、俺とリリィ、セレスティアに教えられながら、自分たちの手で作業を始めた。金槌の音、蔓を編む音、少年たちの相談する声が響く。

ある部品がうまく嵌まらない。少年の一人が途方に暮れていると、俺は黙って作業台に向かい、親方から譲り受けた小さな金槌を手に取った。

カン、カン、と軽い金属音。数回叩いて微調整した部品を渡すと、今度はぴったりと嵌まった。少年は驚いた顔で俺を見る。

そうだ、これが鍛冶だ。完璧な設計図通りにはいかない現実を、その場の知恵と技術で乗り越えていく。



数時間が過ぎた。

「できた……! 直ったぞ!」

誰かの声が、歓声の口火を切った。

次々と、修理を終えたプロテクターが高く掲げられる。見た目は不格好なものも多い。しかし、その機能は確実に回復している。

「すげえ……! これなら戦える!」

「自分たちの手で直せるなんて……!」

訓練場に、歓喜の声が満ちていく。その中心で、リーダー格の少年が俺の前に進み出て、深々と頭を下げた。

「あんたは武器をくれただけじゃない。俺たちに、立ち向かう方法を教えてくれたんだ」

その言葉に、俺は何も言えなかった。ただ、腰に差していた親方の金槌の柄を、強く、強く握りしめた。

じわりと、手のひらに鉄の冷たさが広がる。これは、ただの道具じゃない。俺が歩むべき道を示す、道標だ。



その夜。全ての喧騒が去り、静けさを取り戻した工房で、俺は一人、今日の出来事を反芻していた。

コミュニティ。そう呼ぶにはまだあまりに小さいが、確かな繋がりが生まれた。俺はもう、一人ではない。

ふと、工房の扉の下の隙間から、何かが滑り込んでくるのが見えた。

一通の、上質な羊皮紙でできた封筒。蝋で固められた封には、見覚えのある紋章が押されている。ヴァルガス商会のものだ。

拾い上げて封を切る。中には、流麗な文字で短い文章が記されていた。



『実に興味深い余興でした。一度、ゆっくりお話しませんか。

 君の『安全』は、いくらで買えるかね?

               ゼノス・ヴァルガス』



俺は、何も言わずにその招待状を握りつぶした。

クシャリ、と乾いた音が手のひらで響く。表情は変わらなかったかもしれない。しかし、腹の底から静かな怒りが込み上げてくるのが分かった。

闇に包まれた窓の外を見据える。

戦いは、まだ始まったばかりだ。

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