助けて!三年ぶりの貴方に向けて
息が、うまく吸えなかった。
路地裏に飛び込んだ瞬間、足音が近づいてくるのが分かる。
逃げ道は、もう、ほとんど残っていない。
「……くそ……」
ポケットの中で、スマホを握りしめる。
迷ってる時間なんて、なかった。
私は、震える指で、たった一つの番号を押した。
繋がらないって、分かってたはずなのに。
それでも、指が勝手に動いた。
『……もしもし』
耳に届いた声に、全身が固まった。
「……悠真……?」
『緋依!? どこだ、今どこにいる』
息が、詰まって、言葉がうまく出ない。
「……追われてる……警察の裏口、東の路地……」
『分かった、動くな。今行く』
即答だった。
その声を聞いた瞬間、足から力が抜けそうになる。
「……来ないで、危ない……」
『黙って、そこにいろ』
低くて、必死な声。
それだけで、涙が溢れた。
足音が、さらに近づく。
「……っ……」
『緋依、俺の声、聞こえてるか』
「……聞こえてる……」
『なら、離れるな。絶対に切るな』
背後で、物音がした。
振り向いた瞬間、誰かの影が視界に入る。
「……っ、来た……!」
『緋依、走れ。右だ、非常階段がある』
私は、言われるままに走った。
でも、足が、もつれる。
腕を掴まれて、強く引き戻される。
「っ……!」
スマホを落としそうになりながら、必死に握りしめる。
「……悠真……!」
『緋依!? 何があった』
背後から、息の荒い声。
「逃げられると思ったか」
冷たい声が、耳元で響く。
腕に力が込められて、息が詰まる。
「……やだ……!」
『離せ!!』
悠真の怒鳴り声が、スピーカー越しに響く。
『今すぐ離れろ!!』
次の瞬間。
「――離れろって言ってるだろ」
低く、鋭い声が、すぐ近くで響いた。
腕を掴んでいた力が、突然消える。
身体が、前に投げ出されて――
誰かに、強く抱きとめられた。
「……っ……」
顔を上げた瞬間、目の前にあったのは、見慣れた瞳。
「……悠真……?」
「遅くなった」
それだけ言って、私を後ろに庇う。
その背中が、震えているのが分かった。
でも、立っている。
ちゃんと、私の前に。
「……これ以上、近づくな」
低い声で言い放つ。
相手が何か言い返そうとした、その瞬間。
悠真の動きは、迷いがなかった。
数秒後、周囲は静かになっていた。
私は、その場にへたり込んだ。
足が、もう、動かなかった。
「……緋依……」
振り返った悠真が、私の前に膝をつく。
「……怪我は」
「……だい、じょうぶ……」
そう言った瞬間、視界が滲んだ。
涙が、止まらなかった。
頬を伝って、何本も、何本も落ちていく。
怖かった。
ずっと、ずっと、怖かった。
でも、それ以上に――
やっと、会えた。
その気持ちが、胸をいっぱいにして、息が苦しい。
次の瞬間、私は、強く抱きしめられていた。
逃がさないみたいに、腕に力がこもる。
「……もう、二度と一人で行くな……」
悠真の声が、震えている。
「……俺が、間に合わなかったら……」
「……来たじゃん……」
必死に、声を絞り出す。
「……ちゃんと……来てくれた……」
その言葉で、悠真の腕が、さらに強くなった。
額が、私の肩に落ちる。
「……ごめん……」
その一言で、胸の奥が、全部ほどけた。
「……三年も……勝手にいなくなって……」
声が、泣き声になっていた。
「……ずっと……探してたんだから……」
悠真が、ゆっくり顔を上げる。
濡れた私の頬に、指先が触れた。
涙を拭うみたいに、優しく。
「……生きてて……よかった……」
そのまま、距離が縮まる。
唇が、触れた瞬間――
一気に、気持ちが弾けた。
三年間、一人で抑え込んできた感情。
必死に閉じ込めていた寂しさも、不安も、願いも。
全部が、一気に溢れ出す。
温かい。
この人の温度。
探していたのは、ずっと、これだった。
抱きしめられる腕の中。
帰る場所。
言葉なんて、もう、いらなかった。
唇が重なって、離れなくなる。
息が、絡んで、胸が苦しくなるほど。
「……っ……悠真……」
名前を呼ぶと、さらに深く抱き寄せられた。
やっと、辿り着いた。
三年間、求め続けてきた場所に。
ようやく、ここに戻ってきた。
ようやく、捕まえた。
この人を。
ようやく――
ひとりじゃ、なくなった。
しばらくして、ようやく、唇が離れる。
額が、私の額に触れたまま。
「……今度こそ、離れない」
低く、はっきりした声。
「……離したら、今度は俺が壊れる」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……一緒に、逃げよう」
私は、何度も頷いた。
もう、迷わなかった。




