処理対象、確定
最初に見つけたのは、改ざんされた事件記録だった。
死亡時刻、現場写真、検証ログ。
兄の事件と、まったく同じ形式の書き換え。
次に辿り着いたのが、裏金の資金ルート。
警察内部の口座を経由して、裏社会へ流れている金。
「……内部、腐ってる」
その夜、私はすべてを外部ストレージにコピーして、持ち出した。
本当なら、その時点で上に報告するべきだったのかもしれない。
でも、直感が言っていた。
今、誰かに話したら、
この証拠は“なかったこと”にされる。
それだけは、確信していた。
――三日後。
署内の空気が、明らかに変わっていた。
監視カメラの数が増えている。
管理端末のログ確認が、異様に頻繁に行われている。
「……気づかれた」
私がデータを抜いたこと。
誰かが、すでに察している。
それでも私は、夜勤の日を選んで、もう一度解析室に入った。
証拠が一部だけなら、まだ言い逃れされる。
もっと、決定的なものが必要だった。
端末にログインした瞬間、嫌な予感がした。
フォルダ構成が、変わっている。
まるで――
誰かに、見せるために用意されたみたいに。
「……これは……」
暗号化フォルダを開いた瞬間、背筋が凍った。
並んでいたのは、名前。
日付。
“処理予定”。
最初の方に、見覚えのある二つの名前があった。
父と、母。
「……そんな……」
事故死とされていた、両親。
ここでは、最初から“処理対象”として記録されている。
指が、勝手に震えながらスクロールしていく。
兄の名前は、そこにはなかった。
でも、その下に続く、無数の名前。
そして、一番最後。
本日の日付の横に――
神崎 緋依。
「……っ……」
これは、被害者リストじゃない。
これから消す人間の、予定表だ。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
同時に、理解した。
これは、罠だ。
私が戻ってくることを、最初から想定して置かれたファイル。
それでも、私はストレージを取り出して、もう一度コピーした。
逃げる前に、これだけは必要だった。
コピー完了の表示が出た、その瞬間。
「……やっぱり、ここにいたか」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返った瞬間、息が詰まる。
「……課長……?」
そこに立っていたのは、
三年間、私を鍛え、支えてくれた人だった。
悠真が消えた後、
私を何度も家に呼んでくれて、
奥さんの手料理を振る舞ってくれて、
「無理するな」って、何度も言ってくれた人。
刑事としての、父親みたいな存在。
「こんな時間まで、熱心だな」
その声は、いつも通り、穏やかで。
一瞬、胸が緩みかけて――
でも、次の瞬間、違和感に気づいた。
目。
そこに、いつもの温かさがなかった。
評価でも、心配でもない。
ただの――監視の目。
「……課長……?」
一歩、近づいてくる。
「それ、見つけちゃったか」
低く、事務的な声。
胸の奥が、凍りつく。
「……どうして……」
信じたくなかった。
でも、もう、否定できなかった。
課長の手が、私の腕に伸びる。
その瞬間、身体が先に動いた。
思いきり、振り払って、横をすり抜ける。
「っ……緋依!!」
怒鳴り声が、背後で弾けた。
信じてた。
本当に、信じてたのに。
胸が、ひどく痛んだ。
それでも、止まれなかった。
廊下に飛び出した瞬間、別方向からも足音が迫る。
挟まれた。
喉が、ひくりと鳴る。
ここで捕まったら、終わりだ。
“内部処分”。
表向きは事故か、失踪か、自殺。
リスト通りの結末になる。
「……くそ……!」
私は、非常階段へ向かって走った。
「止まれ!」
課長の声が、背後から響く。
でも、その声に、もう、迷いは感じなかった。
階段を駆け下りながら、頭の中が真っ白になる。
どこへ行けばいい?
誰を信じればいい?
もう、警察の中に、味方はいない。
それでも、ひとつだけ、浮かんだ名前があった。
「……悠真……!」
声にならない声で、呼ぶ。
会えなくてもいい。
姿が見えなくてもいい。
ただ、生きて、この証拠を繋げられれば。
それだけでいい。
夜の出口が見えた瞬間、背後で怒号が響いた。
「追え!!」
私は、街へ飛び出した。
逃げるためじゃない。
真実に辿り着くために。




