探偵だと思っていた兄が、警察だったと知った日
祠の中の空気が、少しだけ落ち着いた頃。
颯斗と悠真が、視線を交わした。
言葉は少ないのに、何かを確認し合ってるのが分かる。
「……やっぱ、あの線か。」
「……ああ。俺も同じ結論だ。」
……なにそれ。
「……三年前から、動いてたってことか。」
「表に出てきたのは最近だがな。」
二人の会話、完全に私の知らない話。
「……証拠は?」
「内部データと、裏の資金ルート。
警察側も、もう汚染されてる。」
……待って。
「……それ、私が掴んだ情報と……」
言いかけた私を置いて、二人はさらに話を進める。
「やっぱ、内部に相当深く入り込んでる。」
「だから俺は、あえて姿消した。」
……ちょっと。
何それ。
何で二人だけ分かってる感じなの。
胸の奥が、じわっと嫌な熱を持つ。
「……ねぇ。」
二人が、同時にこちらを見る。
「……ちょっとさ。」
拳を握る。
「何で私だけ、話について行けてないわけ?」
颯斗が、少しだけ困った顔をした。
「……いや、それは――」
「また? また私抜きで決めてる?」
声が、自然と強くなる。
「いいよ、もう。
どうせ教えてくれないなら、自分で調べるから。」
颯斗が、思わず声を上げる。
「おいおい、何言い出す、このじゃじゃ馬娘!」
「じゃじゃ馬って何よ!?」
その瞬間。
ぐっと、後ろから抱き寄せられた。
「……だから、それが危ねぇって言ってんだよ。」
悠真の声が、耳元で低く響く。
腕が、しっかり私の腰を抱き寄せる。
「……離して。」
「離さない。」
即答。
「……お前が一人で突っ込む前に、説明する。」
颯斗が、ため息をついた。
「……だから俺が守ってるって言っただろ、悠真。」
「……分かってますよ。」
二人のやり取りに、むっとする。
「ちょっと、何それ。
それ兄特典とか言わないでよ?」
颯斗が、ふっと笑った。
「……兄特典だ。」
「ずるい!」
思わず叫ぶと、悠真が少しだけ腕の力を緩めた。
「……緋依。
三年前、颯斗さんが消えたのは――」
そこで、少しだけ言葉を選ぶ。
「……お前と、警察の内部を同時に守るためだった。」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「敵は、警察の中にもいた。
颯斗さんは、その証拠を掴んで……
消される前に、逆に潜った。」
颯斗が、静かに続ける。
「俺が表に残ってたら、お前は確実に狙われてた。」
視線が、まっすぐ私を見る。
「だから、全部俺が引き受けた。」
……そんなの。
「……なんで……」
声が、震える。
「なんで……そんなの、私に何も言わずに……」
悠真の腕が、少しだけ強くなる。
「……言ったら、お前止めなかっただろ。」
……それは、否定できない。
「だから今も、全部は話してない。」
悠真の声が、少しだけ苦しそうになる。
「……危険に近づけたくない。」
颯斗が、ぽん、と私の頭を軽く叩いた。
「……怒るのも無理ねぇがな。
守られる側ってのは、面倒なもんだ。」
「……ほんとだよ。」
そう言ったら、悠真が小さく息を吐いた。
「……だから、今度は三人でやる。」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
祠の中、少しだけ落ち着いた空気の中で。
颯斗が、外の様子を確認するように入口を一瞥してから、ぽつりと言った。
「……現場、相変わらず雑だな。」
……え?
「証拠の消し方が甘ぇ。
内部に詳しい奴がいなきゃ、ここまで綺麗に誤魔化せねぇ。」
「……お兄ちゃん?」
思わず声が出た。
「なんで、そんな内部のやり方まで分かるの?」
颯斗は一瞬、言葉に詰まったように視線を逸らす。
「……昔、そういうのを見てきたからな。」
「……でも、お兄ちゃん探偵でしょ?」
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
「事件詳しいのは分かるけど……
警察のやり方まで知ってるのは、おかしくない?」
颯斗の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。
その時。
ふっと、思い出した。
「……そういえば。」
声が震える。
「探偵ならって……帽子、送ったよね。」
颯斗の目が、わずかに細くなる。
「……あれ。」
低く息を吐く。
「被れる立場じゃなかった。」
「……え?」
「……探偵ごっこしてる余裕、なかったんだよ。」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……どういう、意味……?」
颯斗は、しばらく何も言わなかった。
祠の中に、重たい沈黙が落ちる。
そして、ようやく口を開いた。
「……俺も、警察だった。」
世界が、止まった気がした。
「……は……?」
頭が、ついていかない。
「……両親と、同じだ。」
……なに、それ。
「内部の腐敗を掴んで、
そのまま表にいたら、次は俺が消される番だった。」
視線が、まっすぐ私を見る。
「だから、潜った。
裏から、全部潰すために。」
……じゃあ。
「……じゃあ、私……」
声が、掠れる。
「私、ずっと……
お兄ちゃんが、探偵とか……情報屋とか……
そんな危ないけど、自由な仕事してるって……」
颯斗が、ゆっくり首を振る。
「……そんな余裕、なかった。」
胸の奥で、何かが崩れる音がした。
「……なんで……」
震える声で、叫ぶ。
「なんで、私には何も言わなかったの!?」
悠真が、一歩前に出ようとする。
でも、止まった。
颯斗が、低く言う。
「言ったら、お前は絶対止めに来た。」
……否定できない。
「それに……」
一瞬だけ、声が弱くなる。
「お前を、同じ世界に引きずり込みたくなかった。」
……そんなの。
「……私だけ、知らないままで……」
涙が、止まらない。
「二人とも、勝手に決めて……
私だけ、置いてきぼりじゃん……!」
言い終わる前に、抱き寄せられた。
後ろから、悠真の腕。
「……置いてきぼりにしたつもりは、ない。」
低く、必死な声。
「ただ……失うのが、怖かった。」
颯斗が、ぎゅっと目を閉じてから、言った。
「……悪かった。」
短い、でも重たい一言。
「守るって決めたのは、俺だ。
でも……結果的に、お前を一人にした。」
……その言葉で、全部が溢れた。
私は、声を上げて泣いた。




