再会の夜、あなたはもう離さないと言った――そして兄からの封筒【第二章】
目が覚めた瞬間、知らない天井が視界に入った。
……あ、そうだ。逃げてきたんだ、私たち。
身体を起こすと、すぐ近くで悠真が椅子に座っていた。
壁に背を預け、目を閉じたまま、眠っている……ように見えた。
起こさないように、そっとベッドから抜け出す。
冷蔵庫を開けると、申し訳程度に残った食材が目に入った。
卵と、少しの野菜と、あと……これで、スープくらいなら。
「……よし。」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、鍋を火にかける。
平常心、平常心。何も変わらない、いつも通り。
……なのに。
背中に、視線を感じる。
振り向かなくても分かる。
悠真が、黙って私を見ている。
気にしない、気にしない。
普段通り、普段通り……。
そう思った瞬間、うっかり鍋に触れてしまった。
「……っ、熱っ!!」
反射的に声が出た。
指を押さえようとした、その前に――
後ろから、腕が伸びてきた。
ぎゅっと抱き寄せられるみたいに、背中に体温を感じて、
そのまま私の手を取られる。
「……変わってねぇな。」
耳元で、低く囁かれて、心臓が跳ねた。
ちょ、ちょっと……耳……!
水道の蛇口がひねられて、
私の指先に冷たい水が当たる。
「動くな。ちゃんと冷やさないと、水膨れになる。」
そう言われると、ほんとに動けなくなるからずるい。
……なのに、悠真はさらに距離を詰めてきて、
背中に、胸に、腕に、全部密着してくる。
「……っ、近い……」
小さく文句を言っても、離れる気配はなくて。
その代わり、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
逃げ場、ゼロ。
「……夢じゃないんだな……」
ぽつりと落とされた声が、あまりにも静かで。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
三年間、ずっと一人で耐えてきた人の声。
……それに、私だって。
「……私の方が、夢みたいなんだけど。」
そう言ったら、悠真の腕に、少しだけ力が入った。
「……離す気、もうないから。」
低く落ちた声に、胸がぎゅっと鳴る。
「……ずるい。」
思わずそう言うと、悠真が少しだけ笑った。
「今さらだろ。」
そう言って、私の顎に指をかける。
顔を上げさせられて、視線が絡む。
近い。
近すぎる。
呼吸が、ぶつかる距離。
「……緋依。」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
逃げる理由なんて、もうどこにもない。
私は、そっと目を閉じた。
次の瞬間、唇に、柔らかい感触。
触れるだけの、確かめるみたいなキス。
……でも、それだけで終わるわけがなかった。
悠真の手が、私の背中に回って、引き寄せられる。
深く、ゆっくり、もう一度。
三年分の時間が、全部溶けていくみたいに。
胸が苦しくて、息ができなくて、
でも、離れたくなくて。
「……やっと、捕まえた。」
唇を離したすぐ後、額を合わせたまま、そんなふうに囁かれて。
……ずるい。反則。
「……捕まえられたの、私の方だから。」
そう返したら、悠真がほんの一瞬、言葉を失った顔をして。
次の瞬間、ぎゅっと、強く抱きしめられた。
「……離さない。」
その言葉に、胸がいっぱいになって。
――その時だった。
コン、コン。
静かなノックの音。
二人同時に、はっとしてドアの方を見る。
……誰?
悠真がすぐに私を背にかばうように前に出る。
慎重にドアを開けると、そこに立っている人影はなくて。
床の上に、茶色い封筒だけが置かれていた。
「……?」
悠真がそれを拾い上げる。
中を開くと、入っていたのは――メモが一枚。
『見つけるの、早すぎ。
でもまあ、上出来だ。』
……この、字。
「……兄……?」
声が、震える。
悠真の表情が、一瞬で険しくなった。
甘い時間は、そこで終わった。
私たちの前に、また運命が割り込んできた。




