死んだはず…見つけた兄の痕跡
夜の街を抜けて、何度も路地を曲がって、
ようやく辿り着いたのは、古いアパートの一室だった。
「……ここなら、しばらくは大丈夫」
悠真がそう言って、鍵を閉める。
外の音が遮断された瞬間、
ようやく、現実感が戻ってきた。
私は、玄関でそのまま座り込んだ。
「……足、もう無理……」
「無理するな」
悠真がすぐ隣にしゃがみ込んで、靴を脱がせる。
その仕草が、あまりにも自然で、
胸の奥が、またじんわり熱くなる。
「……本当に、来たんだよね」
「何回言わせるんだ」
小さく笑って、私の額に手を当てる。
「熱は……ないな」
「……刑事か」
「今さらだろ」
そのまま、そっと抱き寄せられる。
さっきは必死すぎて、何も考えられなかった。
でも今は、ちゃんと、分かる。
この人の腕の中にいる。
本当に、生きて、ここにいる。
「……ねえ、悠真」
「ん?」
「……もう、消えないよね」
一瞬、空気が止まった。
でも、悠真は迷わなかった。
「消えない」
低く、はっきり言い切る。
「今度こそ、逃げる時は一緒だ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
私は、ポケットからストレージを取り出した。
「……これ、見つけた」
机に置くと、悠真の表情が変わる。
「改ざん記録と、裏金ルート……それと……」
言葉を選びながら、続ける。
「……消される人のリスト」
悠真の視線が、鋭くなる。
「……お前の名前、あったのか」
私は、黙って頷いた。
その瞬間、彼の拳が、ぎゅっと握られた。
「……やっぱり、そこまで踏み込んだか」
「止まれなかった」
そう言うと、悠真は私を見て、苦く笑った。
「……昔からだな」
「なにそれ」
「兄妹そろって、命懸けで突っ込むタイプ」
その言葉に、胸が跳ねた。
「……お兄ちゃん……」
悠真は、少しだけ黙ってから、静かに言った。
「……なあ、緋依。
この手口、俺が知ってるやり方に、似てる」
心臓が、強く打つ。
「……誰の?」
「颯斗の」
名前を聞いた瞬間、息が止まった。
「……生きてる可能性、ある」
その言葉に、頭が真っ白になる。
「……そんな……」
「まだ確定じゃない。でも……」
悠真は、ストレージを見つめたまま、続ける。
「これ、兄貴が昔使ってた暗号と同じ形式だ」
喉が、ひくりと鳴る。
信じたい。
でも、怖い。
希望を持つのが、怖い。
私は、無意識に悠真の服を掴んでいた。
「……もし、生きてたら……」
「その時は、俺たちで会いに行く」
即答だった。
「……一人で背負わせない」
その声が、あまりにも真っ直ぐで、
胸の奥が、また熱くなる。
気づいたら、距離が、すごく近くなっていた。
さっきの再会の余韻が、まだ残っている。
視線が絡んで、離れなくなる。
「……今度は、ちゃんと話す時間、あるな」
悠真が、低く言う。
「……三年分」
「……足りる?」
「足りるわけないだろ」
そう言って、私の頬に手を添える。
さっきより、ゆっくり。
確かめるみたいに。
唇が、また、近づいて――
私は、思わず、彼の胸を押した。
「……待って……」
「……ん?」
「……今、止めないと、たぶん、止まれなくなる……」
一瞬、悠真が目を細めて、
それから、小さく息を吐いた。
「……それ、同意だと思っていい?」
「……ばか……」
でも、私の手は、まだ彼の服を掴んだままだった。
逃げる気なんて、なかった。
「……ちゃんと、安全になってから」
そう言うと、悠真は額を私の額に軽くぶつける。
「……約束な」
その距離が、近すぎて、息がかかる。
私は、何度も頷いた。
今は、まだ。
でも――
もう、離れない。




