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最後の夜、そして消えた貴方

私が一人で生きることになったのは、三年前からだ。

 両親は、私が高校生の頃、事件に巻き込まれて亡くなった。

 二人とも警察官で、同じ現場に出て、そのまま帰ってこなかった。

 残された家族は、兄だけ。

 だから私は、兄の背中を見て生きてきた。

 強くて、優しくて、何でも出来る人。

 私にとって、たった一人の大人だった。

 ――その兄、神崎颯斗も、三年前の事件で死んだ。

 事故だと説明されたけれど、

 私は今でも、あの人がただの事故で死ぬような人じゃなかったって思っている。

 両親も、兄も、事件で失った。

 それでも私は、警察官になった。

 正直、立派な志なんてなかった。

 ただ、逃げたら全部が無駄になる気がして、

 それが怖かっただけだ。

 そんな私を、隣で支えてくれた人がいる。

「緋依、またコンビニ弁当?」

 キッチンに立っている私の背中に、呆れた声が飛んでくる。

「だって夜勤明けだし、眠いし、作る元気ないし」

「全部言い訳」

 そう言いながら、冷蔵庫を開けて、卵を取り出す霧島悠真。

 刑事四年目。

 私より三つ年上で、仕事では先輩、でも私生活では……ほぼ同居人。

 ほぼ、じゃなくて、正直、もう恋人だと思ってる。

「はい、卵かけご飯にしな」

「……やさし」

「栄養足りてない顔してるから」

 無愛想な言い方なのに、手つきは妙に優しいのが、この人だ。

 颯斗が亡くなった後、私が警察に入って、配属された部署で出会ったのが悠真だった。

 兄のことを知っている数少ない人でもあった。

 だから最初は、正直、距離を取っていた。

 兄を思い出すのが怖かったし、

 兄と関係のあった人と近づくのが、少しだけ怖かった。

 でも、この人は、私が何も言わなくても、隣にいた。

 泣いてる時も、怒ってる時も、何も言わずにコーヒーを置いていく。

 無理に慰めないくせに、放ってもおかない。

 そんな距離感に、いつの間にか、甘えていた。

「……悠真」

「ん?」

「もしさ、私が今すぐ仕事辞めたいって言ったら?」

「却下」

 即答だった。

「三秒で却下するのやめて」

「だってお前、現場出たいって言ってたやろ」

「……うん」

「それに」

 悠真は、少しだけ言葉を選ぶみたいに、間を置いた。

「お前、誰かのために動いてる時の方が、ちゃんと笑ってる」

 胸の奥が、じんわり熱くなる。

「……そういうとこ、ずるいんだよ」

「何が」

「自覚なく刺しにくる」

「知らん」

 素っ気なく言って、私の頭を軽く撫でる。

 こういう時、私はもう、完全に負けてる。

 恋人だと思ってるの、たぶん、私だけじゃない。

 ――そう、信じていた。

 その日、署に入った情報で、空気が変わった。

 颯斗が関わっていた過去の事件と、似た手口の動き。

 裏で誰かが糸を引いている可能性。

 私は、資料を見ながら、嫌な予感を抱えていた。

「……これ、兄の事件と似てる」

 悠真の表情が、わずかに固まる。

「……気のせいやとええけどな」

 でも、声が、少しだけ低かった。

 帰り道、悠真はいつもより口数が少なかった。

 家に着いても、上の空で、スマホを何度も確認している。

「……悠真?」

「ん、悪い。ちょっと考え事」

 その目が、嫌に真剣で、胸がざわついた。

 そして、その夜。

 悠真は、何も言わずに、私を抱きしめた。

 いつもより、ずっと強く。

「……どうしたの?」

 答えはない。

 ただ、逃がさないみたいに、腕に力がこもる。

 ああ、嫌だ。

 この感じ。

 両親を失った夜と、兄が消えた前と、同じ空気だ。

 離れた時、悠真は、いつもの顔をしていた。

「……また明日な」

 その言葉だけ残して、ドアが閉まる。

 私は、追いかけられなかった。

 その背中が、もう遠くに行ってしまっている気がして。

 ――次の日。

 悠真は、出勤してこなかった。

 そして、事件の容疑者グループは、全員死亡していた。

 嫌な予感は、最悪の形で当たった。

 私は、その瞬間、理解してしまった。

 また、私は、置いて行かれたんだ。

 両親の時と、兄の時と、同じように。

 でも。

 今度は、追いかける。

 もう、見送るだけの人間にはならない。

 霧島悠真、絶対に見つける。

 私は、そう心の中で、はっきり決めていた。

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