外の風
暗い坂を降りていくと、むわりと湿った土の匂いが鼻を刺した。
ぽたり、ぽたりとどこかで水滴の落ちる音が響く。
土塊の壁には無数の小穴が空き、そこから小人たちの影が蠢いている。
忙しなく行き交う小人たちが一斉に動きを止めて、客人――ラガルたちを見た。
まるで“外の風”そのものに怯えるように。
「お客さん?」
「人間だ!」
「魔族もいるー!」
そして口々に騒ぎ立てると、一同の足元に大量の小人たちが集まる。
あっという間に小人だかりができて、全員身動きができなくなってしまう。
小人たちは喜んでいるように見えたが、その瞳は笑っていないものも多かった。
“外の風”が何かを連れてきたと、本能で察しているような。
「す、すごいな。」
イーヴァがよじ登ってくる小人をいなしながら言った。
こんなに熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかった為、彼は引き笑いすることしかできない。
「あ、リュート、リュートは触っちゃダメです!」
シーナはすでにもみくちゃにされて姿が見えなくなっていた。
「者ども静まれ!」
そんな中、鋭い一喝が飛ぶ。
声の先を見てみれば長いヒゲの腰の曲がった小人がいた。
その小人の一声で周囲の小人たちが散っていく。
「よう遠いとこから来なすった。ルンルン族の里へようこそ。」
「アタシはムラスの子ミムラスよ。キノキノ族の生まれ。」
ミムラスが率先して名乗りを上げた。
握手を交わすと、抱擁しあう。
それが小人の礼儀のようだった。
「して、お前さんじゃな?首輪を外したいというのは。」
小人の老人が手に持った杖でラガルの首を指す。
メフェルはラガルを心配そうに見上げると、小人の老人に言った。
「一刻の猶予もないの。」
「そのようじゃな。わかった、ついて参れ。」
老人はラガルの様子を見るとすぐに奥へと通した。
小人たちは何かを察しているのか、ラガルの足元だけを器用に避け垣根を作っていく。
その様子にメフェルとシーナはきゅっと胸を締め付けられた。
老人に連れられ広間に入ったときだった。
胸の奥で“どくん”と何かが胎動する。
それは心臓ではなく、命が殻を破ろうとする音だ。
血管が浮き上がり、周囲の温度が下がった。
空気が一瞬だけ「ひゅう」と縮み、小人たちの吐く息が白んだ。
足元の土がじわりと凍り、メフェルが息を呑む。
凍りつく空気の中に、鉄の匂いが滲んだ。
霜が赤い影を帯びたように見える。
ぶるぶるとラガルは震え出した。
彼の体から氷柱が噴き出すように現れる。
「ラガル!」
メフェルが思わず叫び、彼の軋む腕に触れた。
「──なるほど。お前さん、そこまで無茶を背負ってきおったか。」
老人の声は驚きよりもむしろ、“畏れ”に近い。
メフェルが触れた場所が「じん」と熱を持った。
無力な小さい手、けれどラガルは段々と落ち着いていく。
(胸の奥が暖かい……なぜだ。)
ラガルは今にも泣き出しそうな少女を見る。
答えはどこにもなかった。
「もう少しの辛抱じゃ、腕のいい職人を紹介してやろう。」
老人はまた歩き出す。
どれほど歩いただろうか。
通路の先がふっと開け、異質な空洞が姿を現した。
黒い天井に銀の鉱石が輝く空洞。
夜空のような煌めきが光る。
その間には一つの溶鉱炉と鍛冶台だけが赤々とあった。
「ここはノフスドーズ、地なる天の間じゃ。ここで見たことは秘密にせいよ。」
その名を聞いた瞬間、ラガルの首輪がかすかに鳴った。
金属が共鳴するような、低い音。
まるで“どこか遠い場所”から呼ばれているような――そんな耳鳴りだった。
老人の声だけが、静かな洞窟に落ちて、長く長く響いた。




