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砕ける前夜

 ラガルたちは船の狭い船倉に押し込められて長い時間旅をした。

 息を吸いに上がった甲板から見える、青い海原はどこまでも続き、果てがない。


「綺麗〜。」

「気持ちいいです!」


「お前ら落ちんなよ。」


 イーヴァが手すりに体を預け、ぶらつくミムラスとシーナに注意する。

 それを少し遠くからメフェルとラガルが見ていた。


「ねえ、覚えてる?あなた、初めて海を見たとき。巨大な池と勘違いしたのよ。」


「……知らぬ。」


「いいのよ、私が覚えてるから。」


 クスクスとメフェルが笑う。

 その笑顔にラガルは胸が熱くなるのを感じた。

 いまだに呪紋は疼くが、その熱とは別だ。


 不思議な感覚にそっと胸に手を当てる。


「お前ら邪魔だ!」


 船員がメフェルたちを叱りつける。

 少し甲板に長居しすぎたようだった。


「そろそろ戻りましょうか。」


 そう言った時だった。

 ラガルがうっと心臓を抑えてかがみ込む。

 首輪が淡く光り、魔力が漏れて、足元に霜が走った。

 血管が浮き上がり、ラガルの腕がわずかにひび割れるように軋む。

 逃げ場のない魔が内側から肉を押し裂こうとしていた。


 ザワザワと周りに人が集まってくる。


「ラガル⁉︎大丈夫、落ち着いて!」

「さわ、るな。」

 

 メフェルが必死に手を掴むが、氷は止まらない。

 バキバキと音を立てて甲板が凍りついていく。

 

 胸を抑えるラガルを見て、メフェルが誰にも聞こえない声でつぶやく。


「……このままだと、身体が壊れる。」


(これは暴走なんかじゃない。抑えつけられた魔力が、器の方を食い破ろうとしている。)


 彼女は彼の様子を見て悟る。

 

「外せなかったら、どうなるの?」

「……砕ける。」

 

 短く返したラガルの声は、自分の死を他人事のように告げていた。

 シーナは一瞬“幻視のラガル“を思い出す。


 (これは……違う、でも。)


 イーヴァだけが前に出て、周囲に壁を作る。


「見せ物じゃねぇ!散れ!」


 そう怒鳴って彼は事態を収めた。


 ラガルは胸を押さえたまま動かない。

 メフェルの顔色が一瞬青ざめた。


 (また……前より悪化してる)


 彼の様子を見て彼女は指が震える。


 (やっぱり……首輪が限界にきてる。早く外さなきゃ、今度こそ取り返しがつかない。)

 

 一同は騒ぎが収まったあと狭い船倉へと戻っていく。

 それから陸に着いたのは三日後のことだった。


 *


「もう船はいいです……。」


 シーナはよろよろと船から降りる。

 一名を除く全員が同じ気分だった。

 陸路の移動と違い、外が全く見えない中、一人分のスペースが与えられた船倉に閉じ込められる。


 この上ない苦痛だった。


「空船がどれだけいいものだったか身に染みた。」


 ミムラスは地べたに座り込みながらそう言う。

 イーヴァは、豪快に笑いながらふらつくラガルの背中を叩いていた。


「お前ら軟弱だなぁ!」

「イーヴァだけよ、元気なのは。」


 メフェルが苦笑する。


「それで……ここからどう進むのミムラス。」


 シーナが尋ねる。

 小人の国の地図はどこを探しても売ってなかったのだ。

 だから道案内は現地民のミムラスに頼むことにしていた。


「任せて、迷わないようについてきてね。」


 ミムラスは自信ありげに踏み出す。

 そして森に一同を引っ張って行った。


 森の木は異様だった。

 大人二人分ほどある大きな幹の木がずらりと並び、うねうねと地面に根が絡まっている。


 森に入った途端、ムワッとした空気が一同を包み込んだ。風が通らない。足音だけが妙に響く。


 ラガルの足跡は白く霜が降りていた。

 歩くたびに、彼の生命力が削られていくように見える。


(……魔が内で暴れ回っている。体が重い。)


 このままでは歩くだけで骨が凍り、割れてしまう。

 そんな予感が彼にはあった。

 ラガルは荒く息をしながら、霞む視界で進む。


 シーナはそんな彼を見て思う。

 

(歩くたび、足跡が“墓標”みたいに凍っていく。)


 そんな彼らをよそに、ミムラスは木の幹をふんふんと見て、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。

 よく見ると木の根元に小さな彫り物がしてあった。


「こっちはプイプイ族であっちがガヴガヴ族……ねえ、メフェルはどこに行きたいの?」


「ラガルの首輪を外してくれるならどこでもいいわ。」


 少し考えてミムラスは小さな指を折る。


「じゃあカチコチ族はダメだ。うーん、外の頼みを聞いてくれそうなところはこっち……かな。」


 ミムラスがちょこちょこと歩き出す。

 一同は森を抜けて、巨大な洞窟まで連れてこられた。


「いるな。」


 ボソリとラガルが呟く。

 そして奥に進むといきなり呼び止められた。


「待て!それ以上進むな!」

「お前たち、何者だ!」


 洞窟の岩がぴょんと動いて、岩のような被り物をした小人族が二人現れた。


 カァン!カァン!


 そう甲高い音が彼らの手元の石から発せられる。


 シーナは驚いて思わず声を上げた。

 イーヴァが剣に手を添える。

 そこにミムラスが割って入った。

 

「待って、怪しいものじゃないよ。アタシたちは用があってきたの。」


 ミムラスが身振り手振りで説明する、詳しい話をすると岩の小人のうち一人が奥へと走り去って行った。

 しばらくすると奥から小人が走ってきて、奥へと通される。


 人間一人が通れる幅の高さの低い穴を通っていく。

 ラガルは一歩進むごとに肩が岩に当たった。

 背の高い者には拷問のような狭さだ。


 下へ降りるたび、ラガルの呼吸が荒くなる。

 体内の魔力が暴れ続けているのが、誰の目にもわかった。

 足跡の霜は濃くなり、触れれば砕けるほど硬い。

 体温が奪われているのではない──魔力が血の代わりに外へ漏れ出している。

 

 一同は下へ下へと降りていく。


 

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