仮面の笑顔
シーナが顔を上げるとそこには知らない男が立っていた。背の高い茶髪の男はニッと笑うとシーナに語る。
「だが詩っていうのはもっと耳に残らなきゃなんねぇ。頑張れよ兄ちゃん。」
「は、はぁ。」
唐突な助言にシーナは微妙な反応をしてしまう。男は随分とガタイがよく、威圧的だった。だがそう思わせない明るさを持っていた。
立ち上がりシーナは男をよく観察する。
オールバックの焦茶の髪は、乱雑に撫で付けられており、巻かれたバンダナは使い古されたものだ。見せつけるような半裸の体には傷がいくつも刻まれている。
よく見れば首からラガルと同じく小さな銅板を下げていた。
「そんなに亜人が珍しいか?」
男は食い入るように見つめるシーナに言う。シーナは謝った。気がつけば顔が真っ赤だ。
「あ、亜人とは知らなくて!ただじっと見ちゃったっていうか。」
シーナはあたふたと手を振る。男が亜人だと気付かなかった。
「嘘つけ、お前さっきも酒場に来てたろ。そのとき亜人の男と一緒にいたろ。」
「え……ま、まさかラガルさんのことですか?」
「ラガルっていうのか。へえ。」
男の見せた反応に、シーナは嫌なものを覚える。
なんだろうか、ネットリとした。
獲物を見定めるような、そんな感触。
「ちょっとルドー!自分ばっか話さないでよ、ね!」
そう高い声がして、青髪の男――ルドーの影から1人の女が飛び出してきた。ふわりと軽い茶色のボブが揺れる。明るい笑顔とは裏腹に獣めいた眼差しがあった。
「こんにちは!私べキア、それでこっちがルドー。君さっきしてた“竜退治”の話もっと聞かせてよ。」
べキアと名乗る少女は、ぐっとシーナに身を寄せると、目線を合わせ、顔を覗き込んだ。
シーナの桃色の瞳と彼女の茶色の瞳がかち合う。
ギラギラとした視線――驚きにシーナは体をこわばらせた。
「おいおいべキア、がっつきすぎだっての。」
「なに言ってんのさルドーだっていきなりだったじゃん?」
「俺、じつは朝も酒場にいたんだ。お仲間がいただろう?連れてってくんねぇか?もっと詳しく話がしたい。」
シーナは迷っていた。ルドーは笑いながらも、目だけが笑っていない。べキアは大きな赤いリボンを頭につけて同じく真っ赤な外套を来ている……隠さずに言うなら、自己主張の強い風変わりな女性だった。
そしてべキアの方も真っ直ぐすぎるほどシーナの瞳を見つめて絶対に逃さないという意志が見てとれた。
……本当に連れて行って大丈夫なのだろうか?
シーナは胸の奥が騒ついた。
そうこう悩んでいると了承と捉えられたのかがっしりとルドーに肩を掴まれる。反対側にはべキアが立っていた。
掴まれた力が思いのほか強く、シーナは震える。
「よし、こんなところで話していても仕方ないべ。行くぞ!案内よろしくな。」
「え、ええ...。」
こうしてシーナは有無を言う暇もなくラガルとメフェルの元まで2人を案内することになったのだった。
――――――――――――――――――――――
宿屋へ先に帰ったラガルとメフェルは今後の人集めについて話をしていた。そこでメフェルが帰ってこないシーナについて話題を出す。
「シーナどうしたのかしらね、遅いわねぇ。」
「あのチビ、ようやく諦めたか?」
「何か用事があるみたいだったけど買い物にでも行ったのかしら。」
ラガルはシーナの不在を歓迎しているようだったが、メフェルは心配な様子で外を見る。すると窓の外に知らない男と女に肩を掴まれたシーナがいた。
*
シーナは宿に戻るとすぐにメフェルとラガルにこれまでの経緯を説明する。シーナの身を案じていたメフェルだったが経緯を聞いてホッとした様子でルドーとべキアに挨拶した。
「メフェルよ、よろしくね。ルドー、べキア。」
「おうよ、兄ちゃんもよろしくな。」
ルドーが気さくにラガルへと挨拶するも、ラガルは無視を決め込む。それにムッとした様子でべキアが言った。
「もしもし聞こえてる?おにーさん。」
べキアはラガルの間合いに入り込んで彼の顔を覗こうとしたが、スッとラガルに避けられてしまう。メフェルはラガルを助けるべく小さなフォローを出した。
「彼あんまり人と話すのが好きじゃないのよ。」
「……そっか、仲良くなるのは難しいんだね。」
「まあまあ、お互い会ったばかりだしよ。徐々に打ち解けてけばいいさ。」
そう言ったのはルドーだ。だが、ルドーの笑みの奥には影があった。その不穏さに気付かないまま、シーナは曖昧な笑みを返す。
「それでさ本題なんだけど、メフェルたちって黄金竜を退治したいんでしょ?それ私たちにも手伝わせてもらえるかな。」
べキアが話の本題へと筋道を直す、メフェルとラガルは新しい顔ぶれを品定めするように上から下まで隅々と見渡した。
「……竜を倒したことは?」
ラガルが2人に尋ねる。べキアは堂々とした面持ちで答えた。
「地竜なら何回も。ルドーも同じ。」
2人が歴戦の戦士であることはメフェルとラガルの目からして明らかであった。その佇まいも呼吸も強者のそれだ。
はたして信用なるものか、メフェルとラガルは考えあぐねていたが。先に答えを出したのはメフェルの方だった。
「わかったわ、一緒に戦いましょう。」
ラガルがメフェルの方を見る。そのまま何も言わずに頷いた。異論はないということだろう。
「よかった。これからよろしくね。」
べキアが天真爛漫な笑顔でそう告げる。
べキアの瞳もまた笑ってなどいなかった。その笑顔の意味をラガルたちはまだ知らない。




