欠けた月の下で
旅立ちの前、ラガルは一人ぼうっと空を眺めている。
肌を撫でる風も、穏やかな夜の帷も全てが透明な水のように彼の体を過ぎ去っていった。
欠けた月が空に輝く。
「……世界は安寧を求めている。」
目を伏せたままの彼は小さく呟いた。
彼の内は猛り狂う魔が暴れている。
そして胸に刻まれた呪紋がずくずくと今も痛む。
しかし、それを感じさせない表情で男は目の前の“世界”を眺めていた。
透き通る眼差しに浮かぶのは、最近の事柄。
神殿に呼び出されたときの事だった。
シーナという少年が自身を庇ったときのことを思い出す。
(なぜ、あのとき胸が軽くなったのだろう。)
呪紋の痛みが消え、命令が中断された。
なんの攻撃なのかわからなかった。
(わからぬことが多い。)
ラガルは考える。
メフェルという少女もそうだ。
(あの娘に触れられると胸が疼く。)
痛みとも違う。
呪紋がざわめき、魔が沈む瞬間がある。
まるで“内側の何か”が彼女にだけ反応するように。
メフェルという少女も呪紋に干渉しているのだろうか。
ラガルは心の中で首を傾げる。
「わからない、けれどどちらも――。」
不快ではない。
むしろ、心地よい。
男は初めて覚えるその感覚に、名前をつけることができなかった。
言葉というものがこれほど不便に思ったことはない。
「……我が風が行き場を失っている。」
そう一言呟いて、彼はまた目を閉ざした。




