顔を見られないまま
顔を見れなかった。
メフェルさんもイーヴァさんも、ミムラスも、そして――ラガルさんのことも。
「シーナ大丈夫?」
メフェルが様子のおかしいシーナに気づいて、声をかける。シーナは首をブンブンと振ると、先程の幻視を振り払うように笑顔で言った。
「大丈夫です!」
「そう、赦しも出たしそろそろ王都を立とうと思うんだけど大丈夫?」
「はい、次はどこに行くんですか?」
「小人の国よ、ラガルの首輪外さなくちゃ。」
そう言ったメフェルはどこか不安そうだった。
きっと前に言っていた、外したときの魔力の暴走を心配してるのだろうとシーナは察する。
「そんなに酷いんですかラガルさん。」
「ええ、昨日も熱を出したの。」
メフェルは目に涙を溜めている。
本当は不安で堪らないのだろう。
シーナはこういうときこそ自分が強くなければと、自分を鼓舞した。
「メフェルさん、大丈夫です。きっと何とかなります。」
ぎゅっと彼女の手を握りしめるとシーナは言った。
それは幻視を見せられた自分への言葉でもある。
そう思わないと、やってられなかった。
ガチャリ、とドアが開く。
入ってきたのは新しい服を着たラガルだった。
いつもの緑の服ではなく、袖がゆったりとした、薄い灰青の裾の長い服だ。彼の象徴であった首元の布巻きはなくなっており、代わりに高い襟がある。
品のある神官のような装いだ。
「その服で動けるの?」
と、メフェルが問えばラガルはこくりと頷いた。
「問題はない。」
低く短い声で彼は返す。
シーナは新しい装いの彼に、何か言おうと思って口を開いたが、炎を纏う彼の姿が浮かび辞めてしまう。
以前とは違い、寝癖一つなくなったラガルの姿は、幻視の中の姿とは別人だ。
けれど。
「ねえ、本当に何かあった?」
メフェルが再度シーナに尋ねる。
シーナは、沈みかけてた顔をあげて首を横に振った。
「……そう、ならいいけど。」
メフェルは何かに勘づいてるようだったが、深くは追及しない。
ラガルはそんな二人の様子を見て、珍しく動いた。
「顔が赤い、熱があるのではないか……。」
青紫の瞳がシーナを貫く。
ラガルは伸ばしかけた腕を止めると、考え込む。
(近づいてはならぬ、そんな気配だ。)
そして何事もなかったかのように、壁際に行くと、宙を見る作業に戻る。
そこへ外からイーヴァが戻ってきた。
「シーナ、グレイに呼び出されたと聞いたが何もなかったか?」
「え?あ、はい。」
「そんな目に見えないが……何かあったらきちんと言え。わかったな。」
イーヴァはシーナの肩を叩く、シーナは一瞬心が揺れたが、先程見たことを誰かに話す気にはなれなかった。
(余計な心配かけたくないや。)
そう思ってる内にミムラスも合流して部屋が賑やかになる。
「アタシもついてく!イーヴァは?」
「監視役だ。」
「やったー、また五人で旅ができるんだね!」
その明るさとは裏腹にシーナの心には暗雲が掛かってることを誰も知らなかった。
ラガルが少なくなった荷物を纏めて部屋を出る。
きゅ、とシーナの心が締まった。
(この人と……旅に出て大丈夫なんだよね?)
それは最近のラガルの変わりようもあったのかもしれない。けれど名前のない不安は着実に少年の心を蝕んでいた。
シーナはまだ知らない。
旅路に出ることが、彼にとって一番危うい選択肢だということを。




