表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/92

甘い予言

 シーナは胸騒ぎを覚えていた。

 何かよからぬ気配が彼を包み込んでいたのだ。


 朝から不安だったシーナは王室の庭で一人鍛錬に励んでいた。


「やあ、こんにちはシーナ。」


 そこに声がかかる。

 つい最近話したばかりだったからすぐにわかった。

 第一王子のグレイだ。


「こんにちは、お!お日柄もよくグレイ様!」


 シーナは慌てて膝をつく、慌てすぎて少し体勢を崩した。

 前に話したときはどこか影のあったグレイだったが、今日はその影を全く感じさせない。

 シーナのすぐ側までやってくると、彼を立ち上がらせた。


「跪かなくてもいいですよ。弟、グロードの友なのでしょう?」


 そう言って笑うグレイは春の女神のようだ。

 シーナはこの前とは違う彼に戸惑いつつも、内心は心臓が鳴りっぱなしだった。

 緊張でどうにかなってしまいそうだ。


「グ、グロード様のご友人ですか?」

「君のことを語るグロードは楽しそうでしたよ。」


 グレイはニコニコと語る。


「そ、そんな僕なんて。」


「謙遜はときに失礼にもなるんですよ。シーナ、私とも仲良くしてくれますか?」


 白い歯を見せてグレイは笑う。

 シーナは一瞬、ドキッとした。

 けれど不安げに眉を顰める。


 (この人、ラガルさんのこと信用するなって言ってたんだよな。)


 グレイが近づくと、周囲の色彩だけが妙に鮮やかになった。

 世界から音が抜けて、グレイの声だけがよく聞こえる


 グレイは仲良くしたいというが、シーナは彼のことが信用できなかった。


 それを察したのかグレイの笑みが薄くなる。


「……ダメですか?」


 銀の瞳が寂しそうに揺れる。

 そして空気が一瞬澱んだ後、白く輝き出した。


「えっと。」


 シーナは思わず後ずさる。

 けれどグレイは距離を詰めて彼の瞳を見つめた。


「仲良くしてくれますよね。」


 その言葉が甘く、反響する。

 シーナは何故かグレイから目が逸らせなくなっていた。

 そのことに彼は気づかない。


 汗が額を伝い、手が震える。

 呼吸が浅くなった。


「え……と……。」

「私と一緒に来てくれますか?君だけに知らせたいことがあるんです。」


 グレイはそっと手を差し伸べる。

 シーナはもう何が何だかわからなかった。


 ただ差し出された手を取る。


 冷たい手の温度が伝わった。

 グレイは素直に従うシーナを見て笑む。


「それじゃあ行きましょうか。」


 (手を離さなきゃ……でも……ラガルさん、助けて。)

 

 グレイに手を引かれてシーナは王宮に消えていった。


 *


 シーナが連れて行かれた先は王宮の神殿だ。

 白い光が眩ゆい、厳かな場所。

 大きな像が見下ろす中、シーナは壇上に上げられた。


「ここは、なんでこんな場所に。」


 シーナがグレイの背中に聞くと、彼はそっと手を離す。

 そして困った表情を作ってシーナに語りかけた。


「実は先程、巫女の予言が出たのです。」


「よ、予言ですか……?」


「君も知っていますね、世界樹に仕える巫女は予言を見ることができることを。」


 グレイはシーナを見下ろして言う。

 その表情はどこか冷たく影を背負っていた。


「は、はあ。」


「巫女、こちらに。」


 グレイが強く呼べば、どこからともなくアフィンが現れる。


「グレイ様、お呼びでしょうか。」

「彼に先程の“予言”を。」


 巫女にグレイは目配せする。

 巫女は頷くとシーナのいる壇上まで上がってきた。


「シーナ、こないだは失礼しました。」


 アフィンが詫びの言葉を口にする。

 シーナはこの姉のことが苦手だった。

 思わず、顔を顰めてしまう。


「彼女が苦手ですか?シーナ。」


 グレイにそう問われてシーナは黙ってしまう。

 その様子にグレイは微笑むとそっとシーナの方に触れた。

 まただ、またあの甘い囁きが聞こえる。


「彼女も反省してますので許してください。」


 白い笑みを浮かべるグレイにシーナは抗えない。

 こくんと糸が切れたように頷くと、巫女に向き直った。


「さあ巫女よ、予言を見せて。」


 それが合図だった。

 アフィンは覆面を取り外すと、シーナに目線を合わせて頬を両手で掴む。

 シーナはされるがままアフィンを見つめた。


 (打ち合わせ通りに。)


 アフィンは心の中で先程の会話を振り返る。


 『幻視を見せる……ですか?』

 『ええ、君は幻術が使えるだろう。』


 『たしかにそうですが、それをどこで。』


 『一つ試して欲しいんです。簡単なことですよ。』


 グレイが何故、自分の力を知ってるのか謎だったが、計画に乗ることにした。

 

 (利用されている?それでもいい。妹が苦しむなら。)

 

 これが闇の取引でも構わないとアフィンは思う。

 あの子に嫌がらせができるなら。


 シーナの頬に添えた手が熱を持った。


 彼はもう、私から目を離すことができない。

 あとはイメージを流し込むだけだ。



 シーナは何も知らずに巫女の瞳を見つめていた。

 気がつけば暗い黄色の瞳から目を逸せなくなっている。


 そのまま彼女の目を見ていると、目の前に一つの光景が浮かび上がってきた。


 *


 轟轟と燃え盛る街。

 逃げ惑う人々。

 月が喰われた暗黒の夜。


 焦げた匂いがあたりに漂う。

 

 からっぽの空の下、一人の男が立っている。

 その表情はよく見えないが、その容姿はよく知った人物であった。


 薄水色に、紫の毛先。

 闇の中、青紫の瞳だけが爛々と輝いている。


 口が勝手に動きそうになった。

 しかし声は出ない。


 ラガルは炎を纏いながら、誰かの屍の上に立っている。

 シーナはよく見ようと目を凝らした。


 赤い宝玉のついた杖、大剣、銃。


 メフェル、イーヴァ、ミムラスが酷い火傷を負って横たわっている。


 世界樹が色褪せていくのが見えた。

 ラガルはその様子を見て高笑いをする。


 (そんな笑い方ラガルさんじゃない。)

 

 シーナは手を伸ばそうとしたが炎に阻まれ届かない。

 熱さが肌を焼く。

 ラガルは苦しそうな顔を見せてシーナに言った。


「俺を殺してくれ。」


 声は聞こえなかったが、そう言ってるように思えた。


 *


 ハッと夢が覚める。

 シーナは汗をかいていた。


 今、見たものは夢?

 それとも――。


「未来の予言です。」


 巫女がシーナに告げる。

 グレイが隣に立っていた。


「今見た通り。いずれあの男、ラガルは呪紋が暴走して取り返しのつかないことをします。」


「暴走……?」


 シーナは今見た光景が信じられなかった。

 ラガルはそんなことをしないし、なにより。


 (ラガルさんの魔法は氷だ。)


 氷の魔人が火を使うものか。

 頭の奥で誰かが小さく呟く。

 でも心はその声をすぐに押し流した。

 

 今見た幻覚は何よりも現実めいていた。

 そのショックが頭から離れない。


「そうなる前にシーナ、君が止めないといけない。」


 グレイが優しくシーナに話す。

 極光の輝きが動揺したシーナの心を、埋めるように染み込んだ。


 信じたくないのに、シーナは信じてしまう。


「僕が、止める?」

「そう、君が。殺してでも止めるんだ。」


 (ラガルさんを――殺す。)


 そう考えてシーナはハッと我に返る。

 そんなことできるわけない。


 予言もきっと、きっと嘘だ。


「ご、ごめんなさい!僕もう行きます!」


 シーナはグレイの腕を振り払うと、神殿を立ち去った。

 顔を上げることができない。


「ああ、グレイ様どうするんですか。失敗しましたよ。」


 取り残された神殿でアフィンがグレイに問う。

 けれどグレイは余裕の笑みでシーナの背中を見ていた。


「いいえ、大丈夫です。まだ時間はありますから。それに。」


 続く言葉は密やかな声で紡がれる。


「もう術中に彼はいます。」


 グレイの光は心を揺らす。

 アフィンの術は目に像を刻む。

 二つが重なれば、現実と幻の境は消える。


 それは甘く鋭い声だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ