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純粋という名の毒

 王宮の高窓から差し込む陽の光がメフェルの髪を淡く照らす。

 彼女は本を手に取りながら、ゆらゆらと揺れる椅子に座っていた。古めかしい頁をめくるたびに、古書特有のカビの匂いが鼻をつく。


 ふとラガルがこちらを見ていることに気づいた。


「どうしたの?」


 あやすような優しい声でメフェルは語りかける。

 しかしその裏には彼に対する不安が潜んでいた。


「……。」


 沈黙する彼に微笑みつつ、メフェルは次の頁をめくる。


 (返事がなくてもいい。あなたが、ここにいてくれるだけで。)

 

 彼女が気づくことのない場所で、別の“白い影“が動き始めていた。


 *


 暗く光る白亜の床に男の影が映り込む。

 白い長衣、金灰の髪、世界樹の宝石グレイだ。


 誰もが跪きたくなるような微笑を添えて、王城の一角に立っていた。


 そこは普段人が来ないところで、寂しい雰囲気が漂う。

 けれど何かしらの密談には適した場所だった。


 そんな場所にグレイはいる。


 しばらくして衣擦れの音と共に女が現れた。

 巫女服に身を包んだアフィンだ。


 美しい足取りでグレイの側まで行くとお辞儀をする。


「こんなところに呼び出して何の用ですか巫女。」


 グレイが笑みながら巫女に問う。

 その目は決して笑っていなかったが、側から見れば完璧な微笑みだった。


 巫女は覆面をしているため表情がわからないが、ごくりと唾を飲む音がする。


「実は……シーナという少年のことで耳に入れておきたいことがありまして。」


「ほう?」


 興味深そうにグレイは眉を上げる。

 巫女はグレイの側まで行くと耳元で囁いた。


「あの少年、呪紋を揺るがすほど魔族と親密です。彼の魂を揺さぶる力を持ってます。いま対象しておかねば後々、問題になるでしょう。」


「というと?」


「魔族を野放しにする危険があります。」


 グレイは寄せていた耳を戻す。

 そしてしばらく考えた後にいつもの微笑みを浮かべながら言った。


「それはあの少年を処分しろということですか?」


「いえ……ご忠告をしたまでです。」


 巫女は少し狼狽えたようにも思えたが、きっと言いたいことはそれに近いことだった。

 見透かしたようにグレイは睫毛を伏せる。


 そして息を吸うと吐き出して言った。


「巫女、あなたはあの魔族についてどう思いますか?」

「彼……ですか?ええ、従順で扱いやすいと思います。」


「それは今だけですよ、次期に本性を表します。」


 グレイは瞳を開けると巫女を見る。

 巫女はそうは思わないのか、微妙な反応をしていた。


「それに巫女よ、本当はあなた。妹に嫌がらせをしたいだけなんじゃないですか?」


 巫女の方がびくりと震える。


「そんなこと……。」


「隠さなくてもいいですよ。私との秘密ですし、私も魔族が気に入らないので。」


 ——本当に嫌いなのは“魔族”ではない。もっと別の何かだ。


 だが、グレイはそれを言わずにゆっくりと前を見る。

 

 そこには無機質な白の廊下だけが広がっていた。

 その白は汚れを知らぬ心を表すための白だったが、今、黒いインクの一滴が落とされようとしている。


「……ええ、そうですよ。私は妹が気に入らない。あの子は昔から私のものばかり取っていった。」


 観念したように巫女が溢す。

 その声は黒く、滲んでいた。

 巫女の握った拳に爪が食い込む。


「やはり、それじゃあシーナという少年は消すだけではダメですよ。有効活用しませんと。」


 グレイは朗らかな笑みで巫女に語る。

 そっと彼女の頭の後ろに手を回すと、その覆面を外した。

 驚いた彼女の瞳がグレイを見つめる。


「有効活用ですか?」


「そう、簡単なことです。少年の純粋さは毒にも刃にもできる。でもここでは何ですので私の部屋で話しましょう。」


 巫女の方に手が回される。

 するりと蛇が入り込むようだった。


 二人だけの密談が知られぬまま王都で始まる。

 それは甘やかな毒を孕み、着実にシーナの喉元を狙っていた。

 この日、シーナはまだ何も知らない。

 彼に向けられた刃が、すでに研ぎ澄まされていたことを。

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