白い巫女の命令
ラガルに刻まれた呪紋が安定しているか確かめるため、神殿にラガルとメフェル、シーナはいる。
本来関係ないはずのシーナは、どうしてもと無理を言い、彼の診断に付き合っていた。
巫女が奥から姿を現す。
その姿は覆面をしていても白百合のように美しく、高貴であることがわかった。
「今日は熱を出してないんですね、ラガル。」
巫女が優しげな声で語りかける。
しかしラガルは何も言わない。
「今日の診察ですが……覆面をしてると邪魔ですね。やはり生の目で目視した方がいいです。」
「覆面を外す必要が?今までそんなこと。」
メフェルが巫女に訴える。
すると巫女は煩わしそうにこう言った。
「今日は“深部の乱れ”を感じますので。」
巫女はゆっくりと覆面に指を掛けた。
そして白い布が滑り落ち、メフェルは目を横に逸らす。
「……久しぶりね、メフェル。」
優しく微笑みかけるその容姿は、メフェルそっくりであった。ウェーブのかかった桃色の髪、黄色の瞳、メフェルよりも大人びた配置の顔。
シーナは思わずメフェルを見る。
ラガルの喉が一瞬鳴った。
「そうね、アフィン姉さん。」
そう呼ばれて巫女――アフィンは少し眉を顰める。
それが何故かはシーナにはわからなかったが、目の前の彼女に嫌なものを覚えた。
「妹が迷惑をかけていませんか?この子は昔から……周りを気にしない子なので。」
アフィンがシーナとラガルを見る。
シーナはいいえと首を振ったが、ラガルは反応もなく――いや、ただ一点巫女を見つめていた。
シーナが見てみれば僅かに頬が赤い。
熱でもあるのかとシーナはラガルに触れようとしたが、メフェルはギロリとラガルを睨みつけると、珍しく彼の肩を叩いた。
「ふふ、彼は素直ですね。」
巫女はラガルを見て笑みを深める。
「とっても可愛らしい。」
「やめてよ、姉さん。」
知らずに背を丸めるメフェル。
アフィンが意地の悪い顔をして顎を引く。
そしてラガルの診察に移った。
「綺麗、鱗を持つ魔族なんて聞いたことがないけど……あなたとても良いわ。」
そっとラガルの胸に巫女の指先が触れる。
呪紋をなぞる様に心臓の周りを這う指。
ラガルはみじろぎひとつせず、巫女の向こうの景色を見ていた。
「従順で、見た目もそこそこ、ねえ、こんな玩具、メフェルには勿体無いと思わない?」
ゾッとする笑みでアフィンはメフェルに問う。
「メフェル……あなたは昔から、世話を焼かなければ誰にも振り向いてもらえなかったわよね。」
アフィンはラガルに身を寄せるとその唇から言葉をこぼす。
「ねえ、もっと役立ててあげる。命令よ、魔族。私に跪いて、従属を誓いなさい。」
空気がひやりと沈む。
呪紋が疼き出し、胸に焼けた様な痛みが走る。
ラガルの足が沈み込み、口が動き出した。
そのときだ。
シーナは唇を噛み締める。
ラガルの目が少しだけ助けを求めている気がした。
シーナが二人の間に割り込み大声で怒鳴りつける。
「やめてください!ラガルさんは道具じゃありません。」
シーナの目は釣り上がり、眉間に深い皺が刻まれていた。それは旅が始まって以来、初めて少年が見せる怒りの表情だ。
ラガルは僅かに目を見開いていた。
シーナとの思い出が頭に流れる。
弱くて、それでも折れなくて、後ろをついて来た少年。
彼の声が響いたとき、呪紋がふと傷まなくなった。
代わりにスッと体が楽になる。
「シ、シーナ!」
メフェルが慌てて止めようとした。
だが遅い、アフィンはシーナを睨みつけると獲物を定めたかの様に声を落とした。
「あなた……生意気ですね。」
アフィンは気が付いていた。
ラガルの命令が実行されてないことに。
(シーナ・バルデンス……真っ直ぐすぎる光。呪紋は魂の核への揺さぶりに弱い……この子はその力がある。危険だわ。)
彼女はシーナを見る。
薄紅の瞳はまだこちらを見ていた。
「これで診察は終わりです……シーナ、また今度来てくださいね。あなたにお見せしたいものがありますから。」
そう言って巫女は微笑む。
けれどその言葉には確かに毒があった。
シーナは首を傾げ、気付かないまま返事をする。
メフェルは苦い顔をするとシーナに耳打ちをした。
「あの人にもう二度と近づかないでね。」
「え……どうしてですか?」
シーナの問いには誰も答えない。
ただ一人、ラガルだけがシーナを見つめる。
痛みでも疼きでもない、呪紋に重たい熱が残った。
この日、まだ誰も気づいていなかった。
三人の未来に、最初の亀裂が走ったことに。




