光の中で囁かれたこと
シーナはご機嫌だった。
久しぶりに四人で遊びに行けたことが嬉しい。
ラガルは変わってしまったが、それでも以前のように一緒にいれたことが嬉しかった。
「なにニヤニヤしてる。」
イーヴァがシーナの頭を叩く。
今は王家の庭の空いた土地で、イーヴァに稽古をつけて貰っている最中だった。
銀の塔の影が二人に落ちる。
青空がやけに鮮明に見えた。
「ご、ごめんなさい。こないだのお出かけが嬉しすぎて。」
「俺を誘わずにいきやがって……今日はしごくからな。」
「はひ!」
イーヴァは悔しそうな顔をしてシーナを見る。
シーナは思わずその顔を見て笑いそうになったが堪えた。
(王子なのにやっぱり全然怖くない。グロード様って本当に良い人なんだな。)
今度、街に赴く機会があれば絶対に誘おうとシーナは心に決める。神聖なエイシュ一族と関わることは畏れ多いことだったが、イーヴァからは王族、いや神の威圧を全く感じなかった。
「グ……イーヴァさんやウォリケ様は神様ですよね。千年前の大戦の頃から生きてるって本当なんですか?」
グロード王子と言いかけて咄嗟に言い直す。
以前、そう呼んだら怒るでもなく悲しそうな目をされて、それ以来二人の時は今まで通りイーヴァと呼んでいた。
「うん?そうだぞ、それがどうした。」
「黒き王……神々を裏切った魔族の王、彼とも本当に会ったんですか?」
シーナが恐る恐る質問する。純粋な興味だった。
もしかしたら、神の宿敵ゆえに目を吊り上げて怒るかもしれない。シーナはそんな覚悟をしていたが。
「ああ……エンルフのことか。懐かしいな。」
帰ってきたのはどこか、古い思い出に焦がれるように、目を細めるイーヴァの姿だった。
シーナはイーヴァの言葉を聞きながら、かつて聞いた物語を思い出す。
――黒王エンルフ。
それは古に語られる魔族を率いた王で、どこから来たのか誰も知らない。
「懐かしい、ですか?」
「アイツは剣が上手くてな、月を見ながら酒を飲むのが好きだった。」
だがあるとき災厄の魔女につき、神々を裏切った。
イーヴァは拳に力を込める。
「だからこそ……許せない、なぜあんな事をしたのか。あの結果になってしまったのか。死の間際、魔女がアイツは千年後に蘇ると言ったが……どうだかな。」
ーーそれを“千年の禍”と呼ぶ者もいる
血管が浮かび上がるほど強く握り締められた拳が、イーヴァの感情を物語る。
シーナはそれ以上踏み込む勇気がなかった。
(千年前、魔族と神の世界を賭けた大戦。きっと僕には計り知れないものがあるんだ。)
シーナには実感がなかったがエイシュ一族がラガルに命じてまで探すのならば、きっと予言は本当なのだろうとシーナは思った。
黙った二人の間を風が駆け抜けていく。
季節外れの木の葉が転がっていった。
視線を感じシーナが顔を上げると、日の当たる場所に第一王子のグレイが立っている。
「なんのお話ですか?」
温和な笑みを浮かべる優男だ。日に当たると金にも見える柔らかな灰色の髪、長いまつ毛の彩る美しい銀の目。
均整の取れた顔立ちは美しく、“世界樹の宝石”と呼ばれることだけはあった。
「グレイ、何のようだ?」
イーヴァがそう尋ねると、グレイは一歩踏み出した。
影になった芝に彼の足が沈み込む。
光と影の境界線を超えてグレイはシーナの側にやって来た。
グレイが近づいた瞬間、白い光の層が彼の周囲でふわりと揺れる。空気の中に虹が溶けたような極光の煌めき。
思わずシーナの目が吸い寄せられる。
「エンルフの、話をしていましたね。」
声までが光を孕む。
ドキリとシーナは心臓が高鳴るのを感じた。
女性のような顔立ちの美人が目の前にいるのと、急にエンルフの話を振られたことに驚いたからだ。
僅かに甘い匂いがした。
シーナの呼吸が深くなる。
どういうふうに反応すればいいかわからなかった。
「魔族は、信用してはいけませんよ。君はとても魔族さんと仲がいいと伺いました。」
「は、はぁ。」
「魔族の言うことは信用してはいけません。」
低く柔らかい声だが、距離はある。
その銀の瞳が光を反射し、吸い寄せられるようだった。
「……信用、しちゃ、いけない。」
「そうです。」
ニコリとグレイが微笑む。
霞む視界の中、シーナは言葉を繰り返す。
耳が異様に熱を持つ。
シーナの目が揺れた瞬間、
グレイはふと目を細めた。
微笑んだまま、グレイの瞳だけが冷える。
(――この子なら、きっとあの男を殺せる。)
刹那の冷たい光を、シーナだけが見ていなかった。
イーヴァが怪訝な顔で言う。
「おい、シーナに変なことを吹き込むな。」
「変なこと?ソラスが惑わされてどうなったかご存知でしょう。グロード。」
「あれは……、だがラガルはラガルだ。」
イーヴァの声が落雷のように響き、シーナの視界が一気に元に戻る。
グレイはそんな彼を見ると、曖昧に微笑んで一歩また下がる。光の側へ彼が立ったとき、先程までの笑みの中にあった不穏さは消え。
ただそこには春のような笑みだけが残った。
「いつでも私を頼りなさいシーナ。待っていますからね。」
そう言ってグレイはしなやかな足取りで去っていく。
シーナはその背中を見ながら無意識に腕を摩っていた。
肌が粟立っている。
恐ろしさともまた違う肌を這う恐怖に、シーナは困惑していた。
まだ目の前が穏やかな光の幕に包まれているような気がする。
だが一つだけハッキリしてることがある。
(ラガルさんのことは、絶対に信用する。)




