灰青の布
ラガルは店に入ると迷わずに一番高い布の棚へと進んだ。そのことにメフェルは驚く。
絶対に安くて軽い素材しか選ばなかった彼が行く場所ではなかった。
ラガルの指が布をなぞる。
光沢のある生地、厚みのある生地を中心に布を選んでいく。
「お客さん、そこは貴族や商人くらいしか選びませんよ。」
店主が彼の格好を見て話しかけてくる。
ボロボロの緑の服はどう見ても平民だった。
「ならば、それで良い。」
ラガルは引き下がることなく、薄い灰青の布を手に取ると店主に手渡した。
「これで頼む。」
堂々とした立ち振る舞いに店主は只者ではないと気づく、すぐに寸法を測ると服の打ち合わせに入る。
その間メフェルはラガルのことをずっと見ていた。
口調も雰囲気も変わってしまったけれど、好きなものは同じだった。
けど服を選ぶ手つきは違う。
一つ違う、一つ違うだけなのに。
それが大きな溝に思えて、メフェルは寂しかった。
「お前、お前の服もほつれている。仕立て直せ。」
そうラガルがメフェルに声をかけた。
優しさなのかはわからない。
でもそこにラガルが残ってるような気がしてメフェルは胸が熱くなった。
「優しい、のね。」
何とか言葉を紡ぎ出すと、ラガルは一瞬だけ固まる。
感情ではなく、“理解できない”という反応だった。
気づけば頬に涙が伝っていた。
「泣くというのは悲しいからだ。悲しいというのは傷つくからだ、お前は何故傷ついた。」
ラガルは首を少し傾けてメフェルに問う。
その瞳には温度がなく、ただ“問い”だけがあった。
しかし、その答えが帰って来ることはない。
「違うの、目にゴミが入っただけ。ちょっと外に出てくるわね。」
今泣き顔を見られてしまえばきっとメフェルは立ち直れなかった。急いで、店の外へ出る。
外に出た瞬間、冷たい空気がひんやりと肌を撫でた。
その温度差だけで、胸の奥の痛みがさらに沈んでいく。
ラガルは一人店に残される、呪紋のせいか胸が酷く疼いた。だがそれが痛みなのか、別の感情の名残なのか――彼自身にも判断がつかない。
*
「えへへへ、新しい靴です。」
ニマニマとシーナは新しい靴を眺める。
少しだけ色味の違う靴は今までの物とあまり形が変わらなかった。
「小人用の靴がないなんて不親切な店!」
一方ミムラスはプリプリと怒っている。あるにはあったのだが、全て人間の子ども用の靴だった。それでミムラスは少し不機嫌なのだ。
「アタシもう六歳!六歳なんだよ!それをお子ちゃま扱いしてーっ!」
「はっ⁉︎六歳⁉︎」
思わずシーナは振り返る。
ミムラスは確かに言動が幼いときもあるが、まさか六歳なわけないと思った。
しかし、当の本人は何がおかしいのかと首を傾げている。
「あー、そっかヒュームはもっと遅いのか。アタシたちで六歳なら人間で言うと十八よ。」
「ミムラスの方が僕より歳上、なんだ……。」
自分よりずっと幼く見える少女が歳上でしかも自分の年齢の半分も生きてない。
シーナが衝撃の事実に唖然としていると、隣の店からメフェルとラガルが出てきた。
「あら、カッコいい靴ね。いいの選んだじゃない。」
メフェルは先ほどまでの涙を見せずに、笑顔でシーナの靴を褒める。ミムラスはメフェルの目が少し赤いことに気づいていたが何も言わなかった。
「そうですか?えへへ、あ!それより聞いてくださいよ。ミムラス、六歳なんですって。」
シーナが驚きをメフェルに共有する。しかしメフェルは動じず、そうなのね、とだけ答えた。
「知ってたんですか?」
「知ってるも何も小人族は寿命が短いのだわ。」
「アタシたちが普通であんたらが長過ぎんの。」
メフェルの言葉にミムラスが呆れたように言う。
談笑で場が和む。
その中ラガルだけが遠くを眺めていた。
「……ねえデカブツ、また魂抜けてるよ?」
ミムラスに脛をつつかれ、ラガルは無言でそちらを向く。けれど、その目はやっぱりどこか空虚だ。
――その空虚さだけがラガルではない者の証のように思えた。




