首輪の朝
ラガルは歩いていた。
だがそこにいたのはラガルではなかった。
「体が熱い、魔力暴走を起こしている。」
彼がそう言って巫女を訪ねたのは深夜のことだった。
翌朝、顔を隠した巫女が彼の部屋を訪ねる。
「これは、首輪のせいですね。魔力回路がおかしくなっています。」
そう巫女は告げて、彼の首元から離れた。
花の香りがラガルの花をくすぐる。
その香りはどこかで嗅いだことのある匂いだった。
ラガルが思考を巡らせているとき、扉がノックなしで勢いよく開け放たれる。
そこにはメフェルがいた。
「ラガル!大丈夫なの?」
慌てた様子でラガルに近寄るが、ラガルは一切メフェルの方を見ない。
ただ一言、無礼者とだけ呟いて巫女の言葉を待っている。
「今は診察中なのですが。」
巫女はメフェルを見下ろすとそう告げた。
しかし彼女は下がらずにさらに状況を尋ねる。
「そんなの見ればわかるわ。それで体はどうなの。」
「魔力回路に負担がかかり過ぎています。このまま首輪をつけてれば死ぬでしょうね。」
巫女は声色を変えずにそう言う。
メフェルは口を固く結ぶと歯を食いしばった。
(わかってた……でも、こんな形で聞きたくなかった。)
「外せば確実に魔力暴走を起こしますから、外しても死ぬ危険はあるんですけどね。」
銀の首輪をなぞりながら巫女は告げる。
面を隠していても、巫女がじとりとラガルを見てるのがわかった。
「可哀想に、私だったらこんな首輪つけません。」
責めるように巫女が言う。
「私がつけたものじゃないわ。」
「……あら。嫌味になったかしら。ごめんなさいね、本心が出たみたい。」
巫女は口元に手を当てて笑う。
少し目つきを鋭くしたメフェルがラガルの首元に手を添える。
「痛むでしょう。もう少しで楽になるからね。」
メフェルは眉を困らせて、慈悲に溢れる声でそう言った。ラガルの記憶に、今までも何度も手を差し伸べてくれたメフェルの様子が浮かび上がる。
(触れられている。……不明な記憶の断片。)
ラガルが手の熱を感じていると横から巫女が割り込む。
「死ぬと言うことですか?」
巫女が笑いを含んだ声でそう言った。
メフェルは思い切り睨みつける。
しかし巫女が動じる様子もない。
そして興味を失ったのか巫女は部屋を後にする。
その間際チラリとメフェルを見て言った。
「その首輪は小人製です。取りたかったら彼らの国を訪ねればいいでしょうけど、小人の職人は気難しいのできっと門前払いされますね。」
そう言って巫女は笑いながら去っていった。
「必ず私が何とかするから、それまでもう少し我慢してね。ラガル。」
――本当は私が泣きたいのに。
メフェルが静かにラガルの頬に触れる。冷たい男の頬に触れるたび、変わってしまった彼を思い出す。
僅かにラガルの瞳がメフェルを見た。
眠たげにも見えるその瞳には影だけが映る。
そして彼女の肩の、後ろの扉に視線は落ちた。
王都はまだ日が登ったばかりだ。
朝はこれから始まるのだった。




