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青い花のあとで

「ラガルさん、どうしちゃったんですか。」


 シーナは先ほどの彼の様子を思い出す。

 表情は動かず、瞳に光がなかった。

 姿勢は一本の柱のように真っ直ぐで、

 歩き方も、どこか別の誰かのようだった。


 その全てがいつも見てきた彼と違った。


 そして――何より、あの口調は“彼”ではなかった。


「ラガルさん、変でしたよね。」


 シーナがメフェルに尋ねる。

 彼女の背中はいつもより静かで、僅かに震えていた。

 ただ、そこにあるだけで崩れてしまいそうだ。

 

 メフェルは何も言わなかった。


「あれは……魂の面が違う。壊してしまった、俺の家族が。」


 イーヴァの声は震えていなかった。

だが、その表情には“取り返せないものを見た者”の影があった。

 

 イーヴァはシーナの問いに答えるように語りかける。

 シーナにはその意味がわからなかった。

 ラガルが紋のせいでおかしくなったとしか思えない。


「寝れば治るよね。」


 ミムラスが悪気なくそう言う。

 無邪気な笑顔も今は虚しいだけだった。


 混乱の中、メフェルだけがイーヴァの言葉の意味を理解する。それは二度とラガルが帰ってこないという宣告であった。


「嘘よ。」


 メフェルが溢す。

 数日前まで隣にいて、話をしていた。

 ここ最近は気まずくなっていたが、一年も一緒にいたのだ。


 これからも旅が続くのだと思っていた。

 唐突な別れにどう感情を持てばいいのかわからない。


 ラガルはぶっきらぼうで、強がりで、でも怖がりで。

 最後にとても優しかった。


 メフェルの頬に涙が伝う。

 泣いてばかりだった。


 (笑ってる方が好きだ。)


 僅かに緩んだ口元でそう言った彼の姿が浮かぶ。

 でも今は彼のくれた青い花を思い出すと、涙を流すことしかできなかった。


「メフェルさん?」


 シーナが様子のおかしいメフェルに気づく。


 誰も言葉を続けられなかった。広い部屋の空気だけが重く沈む。

 

 メフェルはもう堪えきれなかった。

 息が漏れる、しゃくりが上がる。


 ただ指先に残る青い花の香りだけが、ラガルの心を留めるようで、心に棘を刺す。


 その痛みが彼を失ってしまった喪失を形作って、また痛い。


 視界が揺れる。

 涙が零れる音さえ大きく響いた。

 


「ラガル、どうして。」


 

 その言葉にはもう返事が返ってこない。

 返ってこないのだ。


 霜の匂いが残る部屋で喪失の残響を味わう。

 青い花弁が風に散っていくような、そんな気持ちだった。


 (気づかなければ良かった。)


 メフェルの心はもう張り裂けてしまいそうだ。

 感情も何も失ってしまいたい。

 凍りつきそうな心を抱えて、蹲りたい。


 彼女は涙を流し続ける。

 まだ終わりじゃない。

 彼がいないのに、終わりなんて来るはずがなかった。

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