涙の花を渡した日
ラガルはイーヴァに言われたことを考えていた。
(人は生きてる中で辛いことがあると、魂を封じて別人として振る舞うことがある。)
(お前はきっとその心だ。)
(メフェルに謝りに行け、これは命令じゃないぞ。)
正直、腑に落ちなかったがラガルは自分の生まれた意味をなんとなく察しつつあった。
イェリホクで視線に取り乱したこと、晩餐会で感じた重圧、あれらはきっと過去に受けた自身の傷だ。
青暗い石の回廊を歩く自身の姿を思い出す。
視線、誰かの声、口沙汰ない人々の話。
きっとあの頃から限界だった。
(謝りに……行かないと。だけど、どうやって?何を言えばいい?)
このままでは嫌だった。
泣かせたままでは示しがつかなかった。
イーヴァに言われたからじゃない、あの涙が棘となって心から離れない。
ふらふらとラガルは立ち上がる。
ぎこちない動きのまま庭に出て、目に付いた一輪の花を摘んだ。
花を握りすぎて潰しそうになる。
そのとき誰かの笑顔が脳裏に浮かぶ。
(こんなものを渡していいのか……でも他に何もできない。)
それに。
(きっとアイツに似合う。)
胸に抱いてメフェルの部屋へと急いだ。
*
一人部屋の中、感情が溢れ出て止まらない。
あのときの彼の虚な瞳が、今までの胸の苦しみが、喉を締め付ける。
「どうして、私泣いてるの……。」
メフェルは涙を流す。
胸の疼きの意味も切なさも意味がわからなかった。
ただ、今の消え入りそうなラガルを見てると胸が苦しい。
「ううん、あの人を取り戻すのが私の使命、ラガルなんて関係ない。関係ないはず……なのに。」
自分の感情に蓋をする。
戸惑っていた。
焦りが喉に込み上げる。
違う。
でも違わない。
「違う、メフェル。私の大事な人は。」
言いかけたところでノックも無しに扉が開かれる。
荒く開いた音だ。
メフェルは肩を跳ねさせると後ろを振り返った。
そこにいたのは今一番会いたくて会いたくない人。
――ラガルだった。
メフェルは本当はとっくの昔に、自分の気持ちには気づいていた。
二人の間に沈黙が流れる。
先に口を開いたのは彼だった。
ラガルが戸惑うように足を運ぶ。
その歩みはどこかおぼつかず、迷子のようだった。
一瞬迷ったように目が逸らされた。
「……これ。」
ラガルは掠れた声と共に花を差し出す。
彼の手に握られていたのは、小さな青い花だった。
中心まで青い涙の花。
けれどラガルはこの花が何故か彼女に一番似合うと思った。
「どうして?」
メフェルはその花を見て目を丸くする。
視線が止まった。
「お前だと思った。」
ラガルが不器用に答える。
「……本当にあなたなの?」
メフェルは目を疑った。
目の前にいる男が信じられなかった。
だが――心は無性に騒いでいる。
「ああ、悪かった。」
その言葉をきっかけにメフェルは呼吸の仕方を忘れる。
彼の声が胸の奥で弾けた。
涙が止まらない。
嬉しさでいっぱいだった。
「泣くな、お前は笑ってたほうがいい。」
「そうね、そう。これは私の一番好きな花だわ。覚えててくれたのね。」
ラガルは彼女の心の底からの笑みに安堵する。
そして同時に彼女の周りだけ景色が澄んで見えた。
輝くメフェルの笑顔に心が溶けていく。
「メフェル、許してくれるか?」
初めてラガルが名前を呼んだ。
メフェルは涙を拭く。
ラガルの手をそっと握り返し、その冷えた温度を確かめる。
「もちろん。」
二人だけの時間が流れていく。
それは確かに永遠に見えた。




