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命令の味

「おはよう、ラガル昨日は眠れた?」


 メフェルがラガルに尋ねる。

 ラガルは首を横に振ると、疲れ切ったため息を吐いた。

 その様子にメフェルは眉を寄せる。


 目の下には濃い影、髪は乱れ、息はわずかに震えていた。

 まるで何かに一晩中締め付けられていたかのようだ。


「早く、命令を達しないと、俺が、壊れる。」


 いつもよりゆっくりとした言葉。酷く消耗していた。

 メフェルは一晩で変わり果てたラガルに呆然とする。

 呪紋を見るのは初めてだったがここまで酷いものだとは思っていなかった。


「大丈夫……?」

「大丈夫だ。」


 絶対に大丈夫なんかじゃなかった。

 メフェルはこんなときまで強がろうとするラガルがわからない。

 だからつい強い口調で責めてしまう。


「大丈夫じゃないでしょ。痛いときは痛いって、苦しいときは苦しいってちゃんと言いなさいよ。」

「大丈夫……だ。」


 その言葉が嘘だと、聞いた瞬間にわかった。

 胸の奥がじんと熱くなり、言葉が次々と溢れ出しそうになる。


「ラガル、あなたは私の名前だって呼んでくれないし。可愛いとは一言だって言わないし。いまだに歩幅も合わせてくれないけど、こういうときくらい頼ってよ!」


 メフェルはそこまで言うつもりじゃなかった。

 だが、つい言葉が出てしまう。

 前々から溜まってた鬱憤が最悪のタイミングで出てしまった。


 ラガルが目を丸くする。


 互いの視線がぶつかり合う。

 メフェルの胸は後悔でぎゅっと締め付けられた。


(一番大変なのはラガルなのに、私っ……。)


 メフェルは自分でも、ぐしゃぐしゃだった。

 どうすればいいかわからなくなってその場から立ち去ってしまう。


「ご、ごめんなさい!」


 ラガルは謝りながら逃げていく彼女に声をかけようと手を伸ばした。

 けれど、もう限界だった。

 ふらふらと壁にもたれかかる。


 そこに通りかかったのはイーヴァだった。


「大丈夫か⁉︎座れ!」

「っ……。」


 声に体が動く、その瞬間、胸が楽になるのを感じた。


 痛みがすっと引き、胸の紋様が微かに熱を落とした。

 その“服従の解放”が、あまりにも甘くて――自分が嫌になった。


(楽だ。)


 緩まる体にラガルは息を吐く。

 イーヴァが隣で何か言っているのが聞こえたが、今はそれどころではなかった。


(前にも……こうしていた気がする……。)


 懐かしい。

 命令され、従う。

 その感覚は、記憶にないのに体が知っている。


「ラガル、聞いてるか?」

「聞いて、ない。」


「父様に命令を取り消すように頼んでくる。お前は部屋でじっとしてろ。」


 その命令(・・)にラガルは内心喜んだ。

 それと同時に自分の意識が霞みがかっていくように思う。

 音もなく立ち上がるとラガルは部屋へと歩いていく。


 歩くたび、銀の紋が脈打ち、思考の輪郭が溶けていく。

 “考える”という行為そのものが、遠のいていく。


 部屋の鏡に映った自分の横顔は何の感情も持たない、ただ命令を待つ影のようだ。


 ただ無表情で鏡を見つめる。

 浅かった呼吸が深くなる、世界が色褪せていく。


 もはや命令に逆らおうとは思わない。


(……お前は言うことだけ聞いてればいい。)


 誰かの声が脳内で響き渡った。

 その声の正体もわからぬままラガルは落ちていく。


 ――心の底に封じ込めていた“何か”が、うっすらと目を開けた。

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