王の食卓
「こちらにどうぞ。」
夜食の服に着替え、四人が通されたのは晩餐会用の長テーブルだった。
他の参列者――第一王子から第三王子までが揃っている。
ラガルとメフェルは王の左側の席へ通される、末席にはシーナがついた。
丁度、ラガルとメフェルは第三王子グロード――イーヴァを正面に立っている。その横にミムラスがついた。
燭台に光が灯り、銀の器を照らす。
天井の高い王城特有の重圧が、ラガルの胸へと落ちて来た。
広間全体に張り詰めた空気が満ち、ひとつの咳払いすら許さない。
その静寂に、ラガルの心臓の鼓動だけが異様に大きく感じられた。
上座にいたウォリケ王が“皆、席につけ”と言葉を発する。その音を合図にラガルの体は勝手に椅子を引いた。
王が座る瞬間に膝を降り、音を一切立てずに着席する。
滑らかな一連の動作、その動きは場慣れした者の動きだった。
なぜこんな動きができるのかラガル自身でもわからない。
シーナは思わず目を見張る。
(え……。)
ミムラスもチラっとそちらを見た。
そしてパンに手を伸ばそうとして。
「ミ、ミムラス。まだ!」
シーナが慌てて声をかけたときだ。
「やめろ。」
ラガルの静止が入る。
その声に含まれた命令の質に場が固まった。
ウォリケはその様子に片眉を挙げる。
「よい、飲め。」
そして祝杯の合図が上がり一斉に杯に口をつけた。
節目がちにラガルは王を見る。
ミムラスはその動作を真似していた。
杯に映る王の姿が揺れる。
ラガルはそれが自分の視界の揺れだと気づくまで数秒かかった。
王が食事に手をつけ始めて、やっと晩餐会が幕を開ける。
ミムラスを除く全員が無言で食事に手をつけ始める。
シーナは祖父から少し習っていたが、慣れないナイフとフォークに苦戦していた。
ミムラスは最早、初めてみる器具のように眺めている。
すると手前から手が伸びて来て、ミムラスの手にナイフとフォークを握らせる。ラガルだった。
(俺は……いつからこんな作法を知っている?)
第二王子がギロリとラガルを睨む。
シーナは冷や冷やして泣きそうだ。
スープに手をつけて、白身を食べる。
皆、無言だった。
やがて肉料理にミムラスが手をつけたとき、彼女は嬉しそうに口を開く。
「ねぇ、メフェル。これ美味し……。」
「止まれ。」
低い声が落ちた瞬間、場の空気がスッと冷えた。
ラガルが凄まじい睨みを見せる。
表情もなく、ただ目力だけでミムラスを抑えた。
底から冷えるような視線にミムラスは肩を振るわせる。
一瞬だけ本来のラガルの迷いが揺れるが、すぐに氷のような無表情に戻る。
「ほう……。」
(奴隷の身分で弁えているか……。)
イーヴァが関心を見せるような声を出した。
彼の金の瞳が興味と警戒を同時に宿す。
*
晩餐会も終わり、王族たちが席を立つ。食器の音が遠ざかっていった。
「本日の席はこれまでとする、下がれ。」
その言葉で使用人たちは動き出す。
ラガルはゆっくりと席を立つ。
椅子の脚が床を擦る音が、妙に長く響いた。
ラガルの呼吸が浅く早くなり、視界の端が白く滲む。
世界が揺れていた。
蝋燭の火が揺れるように、自分の視界が揺れる。
「外に、出る。」
やっとこぼした言葉は酷く苦しそうで、メフェルは顔を青ざめた。
「大丈夫? ラガル。」
「問題など、ない。」
そういう彼の表情は氷のように冷たく、今にも倒れてしまいそうなほど白い。
使用人を押し除けるように出た先で、ラガルは息を深く吐いた。
「問題など、何一つ。」
所作、ミムラスへの注意、口をついて出た言葉。
全てに心当たりがない。
浅く呼吸をして、胸の苦しさを逃がそうとする。
けれど、痛みは増すばかりで意味がない。
大粒の汗が滴る、急激にあたりの温度が下がった。
胸の紋様が、心臓とは別のリズムで脈打つ。
石の手すりに霜が舞い降りる。
(馬鹿か、俺は……こんなとこで魔法なんか使ったら。)
しかし止めることができない。
ビキビキと音を立てて凍っていく。
それと同時に頭が冴えて、景色が色を失っていくのを感じた。
音が急激に遠のいていく。
「何も、何も……。」
「ラガル!」
足音が響き、メフェルが近づいてくる。
しかしラガルは振り返らなかった。
「近づくな。」
その声は今までのラガルのものとは違った。
もっと硬質で空虚で感情のないもの。
その声は、今までのラガルの声帯では出せない低さだ。
顔を上げたラガルを彼女は見る。
そこには瞳を深く揺らす男の姿があった。
見慣れたはずのものなのに何故かメフェルは知らない気持ちになる。
「俺は、おかしい。」
「大丈夫よ、落ち着いてラガル。」
「黙れ。」
拒絶の言葉が二人を隔てる。
表情の抜け落ちた顔は凍てついたまま、息をした。
思考だけが異常に早く、冷たく、流れていく。
ラガルの瞳の奥で、違う色が静かに揺れていた。
それはまだ形を成していない、だが。
――過去が目覚めようとしていた。




