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従う身体

 二人が帰ってきたのは数刻経ってからのことだった。

 顔色の悪いラガルを支えるようにメフェルが付き添い歩いている。


「ラガル、大丈夫?」


「大丈夫だ……。」


 只事ではない様子にシーナとミムラスが反応する。

 イーヴァが遅れて部屋に入ってくると、メフェルは食ってかかった。


「信じられない! 奴隷紋を刻むなんて!」


「俺も信じられん、まさか……父様が。いや、アイツならやりかねないことだった。俺の想定が甘かった。」


 イーヴァが歯噛みする。

 苦しむラガルに水を差し出す。


「ラガル、水だ。飲め。」


 ラガルは答える前に、水を手に取ると飲む。

 しかしその表情は驚愕に見開かれていた。

 体が勝手に動いたのだ。判断よりも早く。


「けほっ、けほっ。」


 水で喉が咽せる、それでも飲むことをやめられなかった。


「イーヴァ! あなたの言葉が命令になってるのよ!」


「そ、そうか! 飲むな!」


 急いでイーヴァが訂正する。

 様子のおかしい三人のやりとりにミムラスとシーナは反応した。


「い、一体何があったんです?」


「それがだな……。」


 イーヴァが語ろうとする口をラガルが遮る。


「何も、ない。」


「そんなわけないじゃない。」


「そうですよ、隠さないでください!」


 その言葉にラガルの肩が震える。

 僅かに瞳が動いたあと、顔を伏せるようにして話し始める。


 ラガルの視界はグラグラと揺れていた。


「俺は……。」


 言葉が喉でひっかかり、息だけが漏れた。

 事実を口にすれば、心のどこかが崩れ落ちる気がした。

 その怖さだけが、胸の奥で強く脈打っていた。


 *


「アタシが一言文句言ってくる!」


 全てを聞いたミムラスが部屋を飛び出そうとした。

 慌ててイーヴァが彼女を拾い上げると脇に抱える。


「待て、落ち着け!」


「落ち着けるもんですか、非人道にも程がある!」


 ギーギーと騒ぐミムラスの口をイーヴァは塞ぐ。

 シーナはラガルを見て、どう反応すればいいのかわからなかった。


「ラガルさん……。」


 憐れむことはきっと彼の誇りが許さない。

 けれど同情せざるを得なかった。


「その紋様を消す方法はないんですか?」


 シーナがメフェルに尋ねる。

 メフェルは首を横に振った。


「術者が自分で消さなければいけないわ。」


 その宣告はラガルにとって死刑宣告と同じだった。

 鼓動が裏返るような痛みと屈辱にこれから耐え続けなければならない。

 そう思うだけで心が折れてしまいそうだった。


「ないわけではない。精神を操る魔法に長けたアルダの者か、呪文を焼き切るほど強烈な火の魔力を持つ……それこそエンルフのような存在がいれば別だ。」


 イーヴァがラガルを見たまま答える。

 エンルフ、それは大罪人の名前だとシーナは記憶していた。

 けれどアルダについては聞いたことがない。


「アルダですか?」


「金の民だ、火の土地(サンオドアル)の奥地に住む。丁度俺はその家の者を知っている。紹介しよう。」


「本当?」


 メフェルが顔を輝かせる。

 イーヴァが深く頷いた。


「でも、いいの……ウォリケ王に逆らうことになるわ。」


 黄色い瞳を揺らしてメフェルはイーヴァに尋ねる。

 なぜ彼がそこまで親切にしてくれるか、わからなかった。


「前々からこういうやり方は好かなかった。今回の件は俺が城に連れてきたせいというのもある。」


「前々から……?」


「気にするな、古い話だ。」


 イーヴァはそう言うと踵を返した。

 そして部屋を出るときに一同に言う。


「そうだ、お前たちを晩餐会に招待する。必ず出席しろよ。」


 その背中を四人は見送った。


 閉じた扉の向こうで、誰もいない廊下にイーヴァの足音だけが遠ざかる。

 残された空気は重く、しばらく誰も喋れなかった。

 ラガルの胸の奥では、銀の紋がかすかに脈を打ち続けていた。

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