生かす理由
「ふぅ、久しぶりの水浴び気持ちよかったわ。」
「まずまず。」
綺麗になった二人は使用人に部屋へと連れていかれると、王の前には出れる程度の服に着替えさせられた。
ラガルは着慣れない貴族服に窮屈さを感じると共に、深く羞恥を感じていた。
それもそのはず、彼の首元の首輪が見えるようになっており、嫌でも自分が奴隷だとわからされるからだ。
深い青のジャケットの襟を直した。
だがそれでも見えてしまう。
「くそ。」
続いて髪をポマードで撫でつけられて無理やり固められる。耳が出るというのが落ち着かなかったが、文句を堪えてされるがままになっていた。
*
「終わった……。」
やっと終わった頃には彼は見違えるような姿になっていた。黙って立っていればなんとも様になる。
そこへ一つの影が現れた。
なんだと思い振り返ると、銀糸の刺繍に白金のドレスを身に纏ったメフェルがいる。
肩と胸元が大きく露出したデザインは彼女によく似合っていた。
そしてメフェルは髪を纏め上げて、普段とは違う色香を纏っている。
一瞬ラガルは唾を飲む。
普段のメフェルからは想像もつかない姿だった。
「どう?似合う……かしら。」
「べ、つに?」
「別にってなに?」
「……普段のお前の方がマシ。」
「……は?」
照れ隠しの言葉だったが、メフェルの笑顔が歪む。
二人の間に、酷く気まずい沈黙が落ちた。
互いの気配が今は呼吸を絡めとる。
ラガルはしまったと思ったが遅かった。
メフェルの目つきが鋭くなる。
「そう、あなたはちょっと似合ってるかもね。」
冷たい口調でそう言い放つとメフェルは踵を返す。
ラガルは慌てて彼女の後を追うが追いつけない。
いつもと立場が逆だった。
大扉の前に二人がつくと、使いが中に入り、許可を経て扉を開ける。
王座の左右には、灰の目を持つ王族が二人。
その少し後ろ、ただ一人だけ金の目を持ち、額に銀を宿すイーヴァが立っていた。
ラガルとメフェルは跪くと王の言葉を待つ。
「表を上げよ。」
「はっ。」
メフェルとラガルはその声で顔を上げる。
見下ろされるのは魔獣と相対するときとは、別の圧があった。
「なぜ呼ばれたかはわかっているな。アグロムの娘よ。魔族を庇い立てすることは重罪にあたるぞ。」
メフェルはその言葉に唇を噛む。
「そこの男、名前は。」
ラガルは一瞬口を開いてもいいか迷ったが、どうやら自分の答えを待っているようだったので素直に名乗ることにした。
「……ラガル。」
「ラガル、お前はなぜ銀の大地に足を踏み入れた。お前たちにはお前たちの世界があるだろう。」
「わからない、記憶がない。」
ぶっきらぼうに答えるラガル。
ウォリケはゆっくりとラガルを見定める。その睨みは、全てを露わにされるような圧を持っていた。
「誠か?」
「嘘をつく必要がない。」
「お主、ノフサルとどのような関係だ。」
「知らない。」
押し問答が続く。
メフェルは隣で冷や冷やしながら話を聞いていた。
ラガルは臆せず答えていく。
「記憶がないというのは本当か、アグロムの娘よ。」
「本当です、ウォリケ王。彼は過去の記憶がありません。」
「……そうか。」
ウォリケは長考する。
そして一つ質問をした。
「儂はお前を殺そうと思っている。最後に何か言い残すことはあるか?」
メフェルの瞳が見開かれる。立ちあがろうとして兵士の剣が彼女の前に突き出された。
「王よ、彼は私の所有物です。罰ならば私が受けます!」
メフェルが叫ぶ、しかしウォリケは彼女を一瞥することもなくラガルを見つめていた。
メフェルの指先は震える。
怒りか焦りかもわからない。
彼女の震えは自分の死を恐れる震えなどではない、ラガルを失う恐れだった。
(どうせ死ぬ。なら生の意味くらい俺が決める。)
あのときゼンは死の間際に言った――逃げろ、と。
その言葉を無駄にするわけにはいかなかった。
「最後に、か。」
ラガルは返すようにウォリケを見つめる。
胸の奥に、雪がひとひら舞う。
「俺が何者かも、何をしたかも謎だ。」
ラガルの瞳に光が灯った。
それは覚悟を決めた者の瞳だ。
「殺すのも、殺されることにも慣れている。だから別に怖くはない。」
少しだけラガルは息を吐く。
言葉を止めぬように、舌が乾かない内に、次の言葉を紡いだ。
「ただ……俺の命は救われた命だ。」
静かな声だった。
けれどその声は堅く、確かな芯がそこにある。
「死ぬなら従う。生かすなら使え。好きにしろ。」
隣にいるメフェルが不安げな瞳でラガルを見た。
誰もが次の言葉を待っている。
ウォリケが口を開こうとしたそのとき。
「俺が望むのはひとつだ。生かすと決めるなら、せめて理由をくれ。」
ラガルは言い切った。
誰かの喉がなる。
ウォリケの長男――金灰の髪の男だ。
そしてラガルを見ると王に言った。
「なりません、王よ。魔族に心を許した故……私の弟がどうなったか!」
すかさずイーヴァが口にする。
「決めるのは王だ。黙れ。」
そのときだった後ろの扉が開かれ、一人の人物が入ってくる。兵士の一人が大きな声で言った。
「巫女殿のおなぁーりぃー。」
カツカツと靴の音が聞こえる。
静まり返る中、姿を現したのは白い巫女服に身を包んだ、桃色の髪の顔を隠した女だった。
メフェルは目を一瞬伏せる。
「遅れてすみません、王よ。」
凛とした声が響き渡った。
そして巫女は王座の隣に立つと、二人を見下ろす。
「巫女よ、お主はどう思う。この男、生かすべきか。」
「王はどうなさりたいので?」
「ふむ、迷っている……。」
「それならば、あの件をこの者に任せてみてはどうですか?魔族であれば魔族領土の探索もしやすいでしょう。」
「確かにな、それにこの男が、我らに弓を引いた一族――ノフサルと繋がりがあるのなら何かの役に立つかもしれん。」
ウォリケは瞳を閉じて、ラガルとメフェルに告げた。
「ふむ、お前たちに猶予を与えよう。儂はずっと探しておる男がいる。」
彼は瞳を開けて空を見る。
「その者を殺せ。」




