明かされる銀の目
香る花々、舞い踊る蝶の楽園。
そして何より目の前に聳える銀の世界樹。
驚く面々を前にイーヴァは言った。
「ここまで来たら隠せないだろう。はぁ……やっと言える。」
彼は額の鉢巻を取る。
するとそこには――銀の石が埋め込まれていた。
「俺は銀の目一族のグロード。第三王子のグロードだ。」
メフェル、シーナ、ミムラスが教会で見た像。
銀の大地の王族、グロード・エイシュがそこにいた。
その名が空気に落ちた瞬間、場の温度がわずかに下がった。
鳥の羽ばたきすら遠くに感じる静寂が訪れる。
「王家として魔族は見過ごせない。それもノフサルと関係のある魔族は。お前には、王の御前に行ってもらう。」
そうしてイーヴァ――いやグロードはラガルを指差す。
ラガルは突然のことに自体を飲み込めない。
ただ胸がヒュッとすぼまる。
メフェルは苦い顔をして王子を見ると、跪いて言う。
動きは洗練されていた。
その姿にシーナは思わず息を呑む。彼女がこんな風に跪く姿を初めて見た。
「殿下、お言葉ながらラガルは私の所有物です。彼に用があると言うならば私も共に参ります。」
「今まで通りでいい。イーヴァと呼べ。……所有物?」
メフェルは少し躊躇ったのち答えた。
「ラガルは、彼は私の奴隷です。」
その一言が落とした影の深さに、ミムラスでさえ笑みを失った。
「……そうか、良かろう。だが、
魔族を隠し立てて銀の大地に連れ込んだ罪。
タダで済むと思うなよ、アグロムの娘。」
そう言われてメフェルの顔が強張る。
名乗っていないはずの家名まで見通されていたことに驚いた。
一方ミムラスは何が何だかわからず、二人を見比べている。
シーナは何か大変なことが起こっていると勘付いていた。
「あまり、気負わなくていい。一応、俺の客人扱いで招こう。害するようなことはない。」
イーヴァは固まる四人に笑みを浮かべる。
その笑みは困ったような、イーヴァ自身揺れているようなそんな笑みだった。
しかし、その優しさの奥に決意の影が見えた。
『これはもう後戻りできない』――誰もがそう理解した。
イーヴァの案内で一行は世界樹――エイシュの銀の王城へと足を踏み入れる。
そこは普段、人の入ることのできない特別な場所だった。
「お帰りなさいませ、グロード様。」
世界樹の中は広かった。調度品で飾られた内部は美しく、螺旋階段が上へと伸びている。
使用人がイーヴァに気づくと深々と頭を下げた。
そして後ろの一行を見るとイーヴァは言う。
「俺の客人だ。もてなせ。」
「は、皆様こちらに。」
使用人は四人を客室へと案内しようとする。
そこをイーヴァは呼び止めて、禊と服を用意するようにと申し付けた。
「王の御前に案内する。そこの男と女の身なりを整えろ。残り二人は控室に通せ。」
イーヴァは短く言うとそのまま、階段の奥へと消えていった。
「ではご案内しますのでどうぞ。」
使用人が浅く礼をする。
メフェルとラガルはそのまま奥へと連れていかれ、シーナとミムラスは使用人の一人と共に王室近くの控室へと通された。
*
ひと足先にイーヴァ――グロードは、王である父に会いに王室へと向かっていた。
長い螺旋階段を登り、昇降機を使って上へいく。
その間に様々なことを考えていた。
まず王になんと言おうか、此度のことの弁解をせねばと頭を抱える。
グロードは歩くたび、胸の奥で小さな罪悪感が疼いた。
旅の最中に見たラガルの不器用な表情、メフェルの必死の声。
それらが頭にこびりついて離れない。
(まあ、いい。なんとかなるだろう。)
これは彼の悪い癖で、思考放棄することが度々あった。
上階へ辿り着くと兵に挨拶をし、王室への扉を開く。
突然の訪問でも構わなかった。
父はどうせここにいる。
それに――。
「待っていたぞ、グロード。」
父には全て見透されているのだ。
「はっ、ウォリケ様。このグロード、ただいま戻りました。」
「挨拶はいい。お前の使命はなんだ。」
グロードは跪く。
眼帯をした青い服の老王、ウォリケ。
彼が腕を上げると、使いのカラスがどこからかやって来て止まった。
「俺の使命は……銀の大地に入り込んだ魔族を殺すことです。」
「また情が湧いたか。よりによって連れて帰りおって。懲りない奴だ。」
「ですが、全ての魔族が悪い訳では……。」
「脅威だ。」
ウォリケは言い切る。
そして深く息を吸うと、王座から立ちグロードに尋ねた。
「して、何故連れ帰った?かの者の動きを儂は見ていたが、何か特別なものがあるようには見えぬ。それどころか……あの髪の紫、ノフサルと関係があるだろう。」
「はっ。いま銀の大地内にはノフサルが入り込んでいます。あの男がもしや何かの鍵ではないかと俺は思うのです。」
ウォリケは白い髭を撫で付ける。
何かを考えているようでもあった。
そして手に持った杖をつく。
辺りに硬質な音が響いた。
「あやつの生まれ変わりだと思うか?ノフサルは何を企んでいる?」
「わかりません。ただ使えると思います。」
グロードは口から出まかせを言っていた。
cウォリケはこのままではラガルを殺すと言い出すだろう。
だが――。
(魔族とて一つの命。
何もしていない者を“髪の色だけ”で殺すなど、あってはならん。)
グロードは慈悲深かった。
それこそが彼の甘さであり弱さであったが、美点でもある。
額の銀がキラリと輝く。
旅の中で彼が得た“迷い”は、まだ消えていない。
少年のように笑ったラガルの横顔。
それを思い出すたび、胸が熱くなった。
(無差別に殺していては、それこそ戦争になりかねん。)
彼の瞳は燃えていた。
黄金の光は強い意志を持っている。
ウォリケはしばらく考えたのち、王座に座り、目を閉じた。
それは彼の“考えているときの癖”だった。
グロードは願う。
どうか、刃を振るわなくて済む未来であれ。
あの旅の時間が、無駄ではなかったと証明できますように。




