エピローグ:宝珠の奪還者
イェリホクの街から出て三日。
夕暮れの街道で、ベキアとルドーは野営準備をしていた。
ベキアは石を抱えて光に透かし見ている。
まさかあの血の宝珠が自分の手にあるとは思いもよらなかった。
「たまたま薬を買いに来てた街で、血の宝珠の噂があって、実際にそれらしきものが手元にあるなんて信じられる?」
「そんなに見てたら穴が開くぞ、ベキア。」
ルドーが焚き木に火をつけながら苦笑する。
追手は完全に撒いた。
あとは安全に持ち帰るだけだ。
「これであの子も生きながらえるのね。」
ベキアは感極まって泣きそうになる。
けれどまだ気を抜けない。無事にこれを持ち帰らなくてはならないのだから。
心臓のような赤い石。
これで妹が助かるなら、なんでも良かった。
「早く帰らなきゃね。故郷に。」
ベキアは笑みを溢す。それはいつもの冷たい笑みではない。
心からの笑みだった。
二人とも安心しきっていた。
だから気づかない。
背後に黒い影が伸びていることに。
風が一瞬だけ止まる。
焚き火の火が揺れる前の、あのわずかな沈黙。
「ザーク・デ。」
声に振り返ると、そこには一振りの剣を携えた巨躯の男が立っている。
逆光でよく見えなかったが、紫の髪をした泣きぼくろの男。
「誰だ!」
ルドーが拳を構える。
そんな彼を無視して男はベキアへと近づく。
彼女は石を後ろに隠すと、レイピアに手を掛けた。
「それ以上近づいたら切るよ。」
しかし男は動きを止めない。
ルドーが男に掴み掛かる。
びくともしなかった。
男はルドーを一睨みする。
その瞳はどこまでも冷たく、血が通っていないようだ。
「離せ。」
男は確かにそう言った。
ルドーは手を離さず距離を詰める。
もう彼の間合いのはずだった。
その瞬間、彼の体が浮く。
いや、違う。
ルドーの体が切断された。
彼の上半身が離れていく。
「え……。」
時間がゆっくりと歪んだ。
切られたという実感より、世界の色が薄くなるのが先だった。
鋭い痛みよりも、驚きが勝る。
自分が死ぬということに気づかないくらいの速度。
地面に倒れる下半身を見て、ようやく切られたことに気づいた。
「ルドォォーーー‼︎」
ベキアの絶叫が響く。
ルドーは血溜まりを作っていく中、ベキアの泣き叫ぶ顔を見た。
(ここでベキアを残して……死ぬ?)
死よりもそのことが怖い。
瞬間ベキアと過ごした思い出が蘇る。
そして助けたかった彼女の妹、コメルナのこと。
三人で並んで歩くのが夢だった。
「ベキ……ア、逃げろ。」
ルドーはベキアのいる方向に手を伸ばす。
彼女に声が届くかはわからなかったが、彼女だけでも逃さなければならなかった。
叫ぶ彼女に剣が迫るのが見える。
上半身だけでも男を止めようと、ルドーは這った。
内臓が出るのを感じる。
指が地面を掻き、血で滑る。
あと、あと腕一本。
――剣がベキアを襲った。
*
男は剣の血を拭き上げる。
傍には体が真っ二つになった男、折れたレイピア、そして浅く息をする女がいた。
女は何かを掴もうと腕を伸ばすが、土を掴むだけ。
放っておいても女は死ぬだろうと男は判断して、隠すように置かれた赤い石を拾う。
「やっと取り返した、土の一族と人間風情が。」
軽蔑を込めた眼差しで見つめる。
近くの林から影が伸びた。
男の部下だ。
「ティダウが見つかりました。」
「そうか、石を回収した。あとはあの男のみだ。」
部下の後ろからティダウ――ボロボロの狼が姿を現す。
息は荒く、傷からは血が溢れていたが、その瞳は爛爛と輝く。
「見つけた! 見つけたぞ! アイツがいたっ!」
興奮したように語る姿に男は眉を顰める。
タイミングが良すぎると彼は思った。
だが、好都合だ。
「全員集めろ。すぐにだ。追うぞ。」
男は紺色の外套を翻す。
「奴を連れ戻す。」
夕暮れの街道に、血の匂いだけが長く残った。




