補遺:水理の創生歌
王都へ向かう空の船は、かすかな光の帯を引いて進む。
その光はまるで、“泉”の理をなぞるように静かに揺れていた。
この世界にはもうひとつの源がある。
空の主ノフスとは別に、生命を生み、循環を与えるもの──泉の神話。
空がノフスの領域であるなら──。
水の理は、泉の神々の遺したもうひとつの秩序だ。
とある一族たちが大切に受け継いできた古い古い話。
それは人類は忘れたが、密かに守り続けた理。
今語られるべき時が来ている。
これは、温と冷が初めて出会い、水が生まれた頃の物語。
◆古きアドゥナの調べ◆
遥か昔の音に聞く、この世の始まり、王の生まれ私の知る、その全て。
かつて誇る叡智があった。私たちは繰り返す。
古の者たち、眩い光の宝玉を作り出す。極光は、熱さで溶かし、冷たさで凍てつかせその繰り返しで蛇の皮を逆撫でて表を硬く、鋭い棘に変えてしまった。
種は根付かず、痛みの涙は黒い穢れを持って全てを洗い流す。その苦しみは、地鳴りとなり悲鳴は雷鳴となり轟いた。
今や何も残されぬ。血の一滴までしたり落ちた蛇は物言わぬ骸となり荒野はどこまでも続いていく。
ただ一つ宝玉を除いて。
荒地に代わって、宝はその輝きで数多を生み出した。
その名は富【ニフェルト】、名声【アヴァルハス】、権力【クェザース】。姿見えざる者たちは王【クェード】に束ねられ、光届かぬ場所をより暗く、黒く塗りつぶす。
人々は新たな母を讃えた。
忘却【オドノア】は早く、想像【マリエス】はいずれ足を止める。
彼女は気まぐれで人々に闇照らす光を与えたが、いずれ誰しもの頭から去るものであり、また、姿を現すこともあれば、永遠に現れぬ者でもある。
オドノアはゆっくりと、確実な歩みを持って訪れる。人々がマリエスに見惚れる間に、色んなものが老婆によってしまわれた。
かつての太陽、かつての大地。その全てを忘れゆく。
大地の始まり、世の理、宝の生まれ、天の罰、いかにして今に至るのかを。
私たちは繰り返す。
◆理の詩◆
熱と冷気の子は生命の水。
水は冷気で氷になり熱気で大気となる。
大気は火を育てる、火は水を焼き、土にする。
火と氷と土は混じり合い生命の水となる。
雪は大地へ大地は火へ火は星に還る。
全ては大いなる泉の為に。
大気は漂う、全ての上を。
火をもって氷は水となり。
同時に触れぬ水となる。
風に運ばれ乾く全てを命で満たす。
そうして泉の息吹は芽吹となった。
◆尊き王◆
その王は父と母に似て、まさに頂きに相応しき者だった。泉の番をしっかりと務め、その一雫でも盗みに来た盗人は息子であろうとも容赦無く罰した。
雨を決まったときに降らせてほしいという願いも、いつまでも豊作が欲しいという願いも、永遠の生を得ようとする不遜な考えも、アルスの前では皆切り捨てられるのだった。酷い飢えが続いたときでさえそうであったから、大層恨みも買った。けれど、そういうときは同じだけの恵みが与えられ、しっかりと世の中の天秤を計っていたのだ。
アルスはあくまで番人であるから、その力を好きには振るえない。未来も過去も見れないし、知る必要さえなかった。けれどアルスは知っていた。彼らがいかに重要であるかを。
ノフスの巫子とシェラの巫子は未来を見聞きし、海と泉の言葉を語る。それはアルスの信奉者にとって面白いことではない。そしてその予言が悪ければ尚のこと。だから彼らを遠い場所へ追いやった。遠く遠い地に逃れられるように。せめて彼らと父の約束だけは守れるように。半身を守り抜く為に。
天は未だ高く、そして遮られている。私たちは忘れない。アルスを忘れない。自らの命と引き換えに民を守り抜いた王。




