空船に乗る代償
一同は静かに街へ戻ってきた。
血の跡が続いていたため追うことは不可能ではなかったが、あまり深追いしすぎるのもよくないということで帰ってきた。
街の明かりが見えた瞬間、誰もがほんの少しだけ肩の力を抜いた。
だが、張り詰めた空気はまだ完全には消えない。
「後のことは国の兵士に任せるべきね。」
メフェルはラガルの腕を見ながら言う。
イーヴァはまだ追いたそうにしていたが、何か考えるそぶりをしたあと首を振った。
「ひとまず、街の近くからは追い払えた。それでいい。」
言い聞かせるようにイーヴァは呟く。
その様子にシーナは疑問を抱いた。
(イーヴァさん、まだ何か僕たちに言ってないことがある?)
彼の背中は頼もしい。
けれど――シーナたちはイーヴァについて少しも知らなかった。
ただ悪人ではないことだけは、なんとなくわかる。
「はー、ギャフンと言わせられただけスッキリした。」
ミムラスが銃の埃を拭く。
その表面には笑顔の彼女が写っている。
「で?メフェルたちは王都に行くんでしょ?ねぇ、イーヴァ、アタシも王都行きたいなぁ。」
クネクネと不自然な動作でミムラスは“お願い”をイーヴァにする。
一見愛くるしい動作だが、ラガルは厚かましさを感じていた。
「いいぞ。一人も二人も変わらんからな。」
あっさりイーヴァは認める。
途端ミムラスは飛び跳ねてその場を回った。
「やった!王都!」
「金は自分で出せよ。」
イーヴァが念押しする。
五人は船に乗るべく船着場へと向かった。
「王都、ですか……ぼ、僕たのしみです!」
シーナはまだ見ぬ王都の光景を思い浮かべる。
きっと今まで行ったどの国よりも美しい。
そう思うと自然に笑みが溢れた。
(……早く、落ち着く場所に行きたい。)
ラガルは王都よりも“船室”に想いを馳せる。
今はとにかく休める場所に行くことが先決だった。
(……嫌な予感しかしない。)
「王都ねぇ、美味しいものもいっぱいあるのよ。」
メフェルは色々と語り出す。
その口ぶりはまるで行ったことがあるようだ。
「言ったことあるんですか?メフェルさん。」
「幼い頃にね。楽しかったわよ。」
彼女は懐かしそうに目を閉じる。
その顔が一瞬だけ強張った。
ラガルは気づいたが、追及しなかった。
ただ彼は、語られた中の林檎のタルトの店が気になっていた。
「そういえば、王都に何しに行くんですかメフェルさん。」
「うん……少し確かめたいことがあるのよ。」
その笑みはぎこちない。
シーナは気づかずに歩いていく。
「あれ、イーヴァ道違くない?」
ミムラスが先導するイーヴァに、人の波を指し示す。
その人通りは全部、船着場へと向かう人々だ。
「うん?あってるぞ。」
イーヴァは気にした様子もなく答える。
疑問に思う四人を引き連れて、イーヴァが向かったのは——
船着場よりも人の少ない“乗船場“だった。
「さあ、着いたぞ。財布の用意はいいか?」
イーヴァがニッと笑う。
その笑みに、ラガルは言い知れない不安を覚えた。
胸が嫌な“予兆”でチリチリと焼けるようだった。
同時に”船“が港に入ってくる。
それは”空“からだった。
「え、ま……まさか。」
ミムラスが震える。
「魔道蒸気船⁉︎」
イーヴァが用意した船というのは、最新の最新。
裕福な商人や貴族などが乗る魔導で動く空船だった。
「空船だ!見ろ!」
子どもたちが歓声を上げ、大人たちは立ち止まる。
目を見開くラガルの隣でメフェルが呟いた。
「乗ったら家が買える、家が買えちゃうわ。」
その声を聞いてラガルは放心する。
(高すぎる。)
イーヴァがウキウキ顔で乗り込もうとする。
シーナには彼が大金を持ってるようには見えなかった。
だが実は大金持ちだったりするのだろう。
「は、は、僕、お金ないです。」
シーナは笑みを浮かべようとしたが、顔は真顔だった。
乾いた笑い声だけが残る。
ミムラスはその場に倒れ込んだ。
「頭おかしいんじゃないの⁉︎ お貴族御用達じゃない!」
ジタバタとその場で暴れる。
四人全員、完全に場違いだった。
「え?お前ら金ないのか……?」
イーヴァが目を丸くする。
全員が頷いた。
彼はもっと目を見開く。
「な、なんだと?お前たちこのくらいも払えないならどうやって生きてきたんだ。」
「逆にお前がどうやって生きてきた?」
ラガルは純粋な疑問をぶつけた。
イーヴァという男は知れば知るほどわからなくなる。
とりあえず金銭感覚が壊れているらしいことは全員に伝わった。
「む、むむぅ。でも部屋は取ってしまった。それに……うぐぐ。」
何かをイーヴァは葛藤している。
悩みに悩んだ末、彼は一つの答えに辿り着いた。
「そうだ、お前らここは俺が払ってやる。
故に王都に着いたら俺の頼みを聞け。」
彼の声が少し低くなる。
(何を考えている?……村一つ買えるぞ。)
ラガルはイーヴァを探る目で見た。
随分と単純な答えだったが、それでイーヴァは納得したようだ。
即決で家四軒、一生遊んで暮らせる分の金を出すと言った彼に誰もが戦慄する。
「いや、それはちょっと。」
「拒否するのか?」
メフェルがイーヴァの得体の知れなさの前に怖気づく。
しかしイーヴァは彼女に詰め寄った。
「断るなら俺は泣くぞ。」
それは最早脅しに近かった。
顔を背けるメフェルに、イーヴァは姿勢を低くしてさらに言う。
「王都、行こう。」
圧が凄い、とメフェルは思った。
彼を押し除けて、彼女は返す。
「一つ聞くけど、お願いって。」
「ならん、秘密だ。」
随分とメフェルたちにとって不確実でリスクのあるものだった。
空船を見るともう荷物の積み込みが始まっている。
身なりの良い乗組員がメフェルたちのことを待っていた。
「アタシ、お金返せないわよ。」
「ああ、いいぞ。別に。」
軽く流すイーヴァにミムラスは呆れる。
だが、これ以上の話はないので乗ることにした。
「メフェルたちも早く、行こうよ。」
ミムラスがはしゃぐ。
悩むメフェルを落とすより、他を落とした方が早いと判断したイーヴァがシーナを持ち上げると、そのまま船に乗り込んで行った。
「は⁉︎ え、ちょ、下ろしてください。メフェルさん! ラガルさん!」
シーナの荷物ごと船に消えていく。
そして乗組口がゆっくり閉じられようとしていた。
「あ、え⁉︎ ちょっと荷物!」
メフェルが慌てて追いかける。
(空、船、なんか嫌だな。)
船をぼーっと見上げるラガルの腕を無理やり引いた。
「早く行くわよ!」
メフェルの声が乗船上に響く。
閉まりゆく扉の中に新たに二人、入り込んだ。
ギリギリの乗船。
入り口の奥で待つイーヴァが笑う。
一同は王都へと向かい始める。
ラガルには、明るいはずなのに王都に向かう空が暗く見えた。
その暗さが胸の奥の不安とどこかで重なる。
“過去”が、どこかで手招きしているような——そんな気配だった。
《シーナの追記》
僕たちの旅について、誰かの手によって後に“補足の記録”が作られた。
古い言葉や象徴の意味を、わかる範囲でまとめたものだ。
物語とは別に読みたい人だけ読めばいい──そういう類の記録。




