補遺:天なる父の断章
闇が去ったあと、ラガルの胸には説明のつかないざわめきだけが残っていた。
“アルカイ”──狼が発した呼び名は、彼の知らぬ記憶の奥にまで届く。
この世界にはごく古い話がある。
人々が忘れ、神殿ですら語られなくなったほどの遠い昔のこと。
それは“空がまだひとつだった頃”の物語。
そして、ノフスと呼ばれる存在が最初に空を抱いていた時代のこと。
今ではもう語り手もいない神話の断片を──ひとつ、思い出しておこう。
◆天の時代◆
星の輝き以外は何も見えぬ闇の世界。ノフスは物言わぬ大地の上にただ揺蕩っていた。だから世界は闇であったし、驚くほど静かだった。
そんな中でも、ときおり低く唸るような星の声が四方に渡り、天の身体は絶え間なく変わり続ける。ノフスの瞳は揺られ続け、互いの熱は混じり合い、離しあい、深い大穴に落ちていく。
大穴の中の熱さと冷たさはノフスを伝いぐるぐると渦を巻いて、昇り沈み、ぶつかり、遥かに望まれた大いなる始まりとなった。
それは滅びの再生であり、新たな時代の始まりである。
やがてその穴が輝き放つ泉になると、ノフスはその泉に映った自身を見た。そのとき彼は彼となり、大いなる空は生まれた。




