狼狩りの幕開け
「もう大丈夫だ。」
「大丈夫って病み上がりじゃない。」
「もう大丈夫だ。」
翌朝、一番に起きたラガルは無言で部屋から二人を追い出すと、そっとドアを閉じた。
閉まる直前、わずかに見えた横顔が妙に固かった。
しばらくした後に、部屋から出てきた彼は表情が死んでいる。
その声は乾いていた。
必死に何かを押し隠しているように。
「大丈夫だ。」
言うたびに声が細くなる。自分に言い聞かせているような声だった。
目線がいつも以上に合わない。ぎこちない動きで宿の階段を降りていく。
メフェルはその背中を見ながら言った。
「昨日のことよっぽど恥ずかしかったのね。」
「はい……。」
シーナは俯いたまま返す。
ラガルの背中に、謝りたくなるほど痛々しさが漂っていた。
*
階段を降りた先の食堂の隅で、数人の男たちが言い合っていた。
「昨日いなくなった剣士の話だよ。」
「どこへ行ったかわからないって?」
ラガルは一瞬そちらを見たが、会話には加わらない。
(行方不明か……。)
胸の奥がひりつく。誰かの失踪が、自分の過去の穴と重なる。
「おう、ラガル。もう熱は大丈夫なのか?」
イーヴァとミムラスがいた。
ラガルは顔を背けることもできず、目線を下にやる。
するとニヤケ面のミムラスと目があった。
弾かれるように目を逸らす。
「うるさい。」
「巨人のくせに小ちゃいのね、アンタ!」
ケタケタとミムラスは笑う。
ラガルは睨む気力もなかった。
「やめてやれミムラス、あれはまだ心が病み上がりだ。」
イーヴァがラガルを指して言う。
ミムラスは肩を竦めた。
「ラガルさん、早く良くなってくださいね。」
シーナは彼の冗談を間に受けて、ラガルを励ます。
そのズレた優しさがラガルには痛かった。
(やめろ……そういう顔を向けるな。)
「元気になったならいい、お前ら狼狩りに行くぞ。」
イーヴァが笑う。
ラガルは片眉をあげて尋ねる。
狼狩りという単語は何を指しているのだろうか、ラガルにはすぐピンと来なかった。
「狼狩り?」
「ああ、ノフサルを探しに行くぞ。ミムラスも一緒だ。」
「このままやられっぱなしじゃ、嫌! やり返してやる。」
ミムラスは銃を掲げて息巻く。
その姿は小さくともやる気に満ちあふれていた。
「なんで俺が。」
「うん? お前が血の宝珠の元の持ち主なんだろう? 因縁があるじゃないか。」
「そんなもの、関係ない。」
(石のことは……気になるが。)
ラガルは振り返ってメフェルを見る。
気まずさは残っていたが、彼女に話しを振った。
断れ、とラガルは祈る。
「そうね、今回は悪いけど私たちには関係ないわ。王都ではそろそろ祭りが近いもの。」
「メフェルもそう言うか……ならこうしよう。お前たち王都に行きたいんだよな?」
「ええ、それが何か?」
メフェルがイーヴァの言葉に首を傾げる。
「甘いな。王都行きの船は平気で二、三カ月は待たされる。」
「そうなの?」
「そうだ。そこをこのイーヴァ様のコネでなんとかしてやろうというのだ。お前たちが協力するなら船の手配はしてやる。」
えへんとイーヴァが胸を叩く。
「魅力的な提案ね、それならいいかも。」
階段の手すりを眺めていたラガルだったが、彼女の言葉に顔を上げた。
確かに悪くない話だったが出来すぎている。
ラガルはイーヴァを信用できなかった。
「反対だ。」
「あら、じゃあ三ヶ月もここで待つの? 嫌よ。」
「で、でもコネってあとで面倒なことにならないですかね。」
シーナがおずおずと意見を述べる。
彼は小心者だった。
「ならん、保証しよう。」
続けてイーヴァは言う。
その表情はいつもの軽い表情ではなく、真剣な眼差しだ。
メフェルは彼のその瞳に、表情を変える。
「奴らの目的が石だとしても、ハッキリとした目的がわからん以上、街の誰が犠牲になってもおかしくない。力を貸せ。」
その言葉が決定打だった。
メフェルは杖を持ち直し、強い瞳でイーヴァを見る。
それは覚悟が決まった瞳だった。
「……昨日の剣士、同僚が探し回ってるんでしょう? わかったわ、見て見ぬふりって嫌なの。」
ラガルが口を開く前に彼女は彼を見る。
その目は、彼が何を言おうと揺らがないと語っていた。
こうなったメフェルは梃子でも動かない。
ラガルは半ば諦めの気持ちで言葉を飲み込んだ。
彼はため息を一つ吐く。
石のことは確かに気になっていた。
だがノフサル狩りに協力する気にはならなかった。
そう、ならないはずだったがメフェルが決めた以上ついていくしかない。
「……それにラガルも、きっと気になっているでしょう? 石のこと。」
ラガルの苦い顔を見てメフェルは言った。
「それじゃあ行くぞ、狼狩りだ!」
イーヴァが意気込む。
一同はノフサルの影を探しに街へと繰り出すのだった。
*
「で、どうやって探すんだ。」
ラガルがイーヴァに聞いた。
彼は気怠そうでさっさと終わらせたいという姿勢だ。
「今朝の噂だ。剣士が行方不明。手負のノフサルが動ける場所は限られる。森の外れに洞窟がある。」
「あっ、あそこ!」
ミムラスがポンと手を叩く。
イーヴァはそこだ、と呟くと進路を合わせる。
一同が辿り着いたのは、街の外の森にある小さな洞窟。
ラガルの心のうちは平常ではなかった。
(さっきから何かが胸の奥でざわざわする。)
「こ、ここにいるんですかね?」
シーナがリュートを抱きしめながら、辺りを見渡す。
洞窟は薄暗く、その奥は見えなかった。
ただ冷たい空気だけが流れている。
「濃い魔の気配がする。」
イーヴァが鋭い目つきで言った。
ラガルは剣を抜きつつ、警戒する。
一同がイーヴァを先頭に洞窟へと足を踏み入れる。
一番後ろにいたシーナには、小さい洞窟がとても長く感じられた。
足音がやけに大きく響く。心臓の音も紛れるほどに。
一歩一歩確かめるように歩を進める。
洞窟の奥まで進んだとき、一同の鼻を濃い鉄の匂いがついた。
生温いその匂いは進むごとに深くなっていく。
メフェルは杖を、ミムラスは銃を構えた。
そしてそれは姿を表す。
折れたレイピアと血の滴る肉を喰む、一匹の狼の姿。
ノフサルがそこにいた。
ラガルは剣を握り直した。
嫌な鼓動が、手首まで揺らした。




