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静かな夜、解ける鎖

 ラガルをメフェルは一晩そばで看病した。

 彼は寝台の上で震える。

 自分でもなぜあんなに取り乱したのか理由を言えない。

 ただ、あとで顔を合わせるのが気まずかった。


 彼は椅子に腰掛けて、寝息を立てるメフェルをみた。


 彼女だけが最後まで部屋に残って、ラガルを宥めてくれた。


 (なんで……。)


 ラガルはメフェルの行動を疑問に思う。

 なぜそこまで献身的なのかわからなかった。


 ただ言えることは、言いようのない恐怖と共に暖かい何かが側にあるということだ。


 メフェルの肩に触れようとして、止める。


 (あ……だめだ。)


 伸ばしかけた指先が、空気に触れた瞬間すくんだ。

 触れてはいけない、と胸の奥の何かが囁いた。


 その瞬間、視界が僅かに歪んでぐらりと揺れた。


 どさ――。


 ラガルが倒れる音がして。

 静かな寝息だけが部屋に響いていた。


 *


 シーナは扉の前で悩んでいた。

 部屋に入るべきかどうか。


 ラガルは何かに、見られることに怯えていた。


 (何もできないの、悔しい……。)


 シーナは自分が彼を見た事によって、彼の大事な物を壊してしまったのではないかと考えた。

 どうしようもならない罪悪感を抱えながら、シーナは何もできない自分を嫌悪する。


 拳を握りしめても、爪が掌に食い込むだけで何も変わらなかった。


 けれど、悩んでいても仕方ないと顔を上げて、シーナは木の扉をノックした。


 コン、コン。


「シーナです。入ってもいいですか?」


 部屋からは返事が返ってこない。

 物音ひとつしなかった。


 ラガルはともかく、メフェルまで返事をしないのは変だと思い、シーナは首を傾げる。


 少し考えた後、悪いと思いながらもドアを開ける。


 目に飛び込んできたのは眠るメフェルと、寝台にも垂れ込むように倒れているラガルだ。


「メフェルさん?ラガルさん?」


 最初は寝てるだけかと思った。


 ラガルを寝台の上に戻そうと近づいたとき、その顔がやけに赤い事に気づく。


 呼吸が浅く、じっとりと汗が浮かぶ。


 手を当てずともわかる。

 ラガルは熱を出していた。


「ラガルさん!しっかりしてください。」


 シーナが大きな声を上げる。その声でメフェルは目を覚ました。


「なに?一体どうしたの?」


「ラガルさんが!」


 メフェルは血相を変える。

 急いで彼の首元に巻いた布を取ると、その下の首輪を確認した。


 首輪には霜が降りて、首元は薄い氷に覆われている。


「なんで氷が。」


 シーナは言う。

 ラガルは過去を語ったが、自分が魔族だということは一切明かさなかった。


 (彼は魔族だということを隠そうとしてるけど、きっとこの子には平気だわ。)


 メフェルはシーナの事を信頼していた。

だからこそ、彼を部屋から追い出したりしない。


 ラガルを寝台の上に寝かせるように指示すると、水桶と布を用意する。


 そして彼の体を確かめると、汗を優しく拭き取るのだった。


(メフェルさん手慣れてる。)


 シーナは無駄のない彼女の動きを見て思う。

 それは何回も介抱をしたことのある者の動きだった。


「ラガル、大丈夫だから。」


 うなされるラガルにメフェルが声をかける。


 その声は驚くほど静かで、揺れも震えもなく、ただ優しかった。


 シーナは何故かきっと何回もそうしてきたんだろうと感じ取った。


 首元の氷が更に厚く、広くなる。

 それは魔法のようだ。


 前に魔族は詠唱をせずに奇跡を起こせると、メフェルから聞いた事を思い出す。


 (まさか……。)


「ラガルさんは、魔族……なんですか?」


 シーナが呟いた。

 メフェルは一瞬、手を止めると口を開く。


「……この首輪は、ラガルの魔法を押さえるためのもの。人間の世界で生きるための、鎖みたいなものよ。」


 その顔は伺えなかった。


「魔法を塞がれるっていうのは……息を奪われるのと同じ……。」


 ただ感情の色が見えない声で語るメフェルは、いつもの彼女じゃないように見える。

 窓から差す逆光で覆われたメフェルの姿は黒い。


「ラガルのこと、嫌いになる?」


 その声は寂しそうで、でも凛とした声。


「い、いえ!そんなことありません。だってラガルさんは、ラガルさんですから。」


 そう答えたシーナに薄くメフェルは微笑んだ気がした。


「どうすればいいんですか? 首輪を外せばいいんですか?」


「今まで押さえてた魔力が溢れ出して、彼の命に関わるわ。

 熱が引くのを大人しく待つしかないの。」


「僕、買い物行ってきます!」


(メフェルさんが一人で全部背負ってる、僕も何かしなくちゃ……!)


 シーナは走り出す。


 町中の薬屋を回って熱に効く薬をかき集める。


 宿屋に再び戻ってきたのは夕暮れのことで、ラガルの熱は引いてきていたが、まだ危うい状況は続いていた。


「こ、これ薬です!」


「全部買ってきたの?お金は?」


「お、おばあちゃんから預かってたので大丈夫です。」


 シーナは薬を差し出しながら言う。

 メフェルはその姿に危ういものを覚えた。


「こんなに要らないわよ。」


「でも、ラガルさんが心配で。」


 指が白くなるほどに薬の入った袋を握りしめる。


 (ラガルさんがこんなに苦しんでたなんて。)


 シーナはいつも一拍遅い。

 できなかった。


「わかったわ、じゃあ選ぶから全部見せて。」


 メフェルが困ったような笑みを浮かべて、シーナの手から薬を受け取る。

 その中から一点選び取ると、水と一緒にラガルの口へ運んだ。


 意識も朧げなラガルの喉が上下に動く。

 水差しが空になった頃には薬も無くなっていた。


「これで良くなるといいのだけど。」


「は、はい。」


 頷くシーナ。


 その日二人はラガルの側を離れなかった。

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