影を抱く王子
「本当に便利ね、ティーの魔法は。」
影から出てきたヨルが言う。
「でしょ、お兄様にも褒められたんだ。」
続いて出てきたのはティーだ。
夜闇に溶けるような黒に近い紫の髪が揺れた。
しばらくヨルの先導で進んでいくと、二つの影が見える。
その内一つは――空気が沈むほどの圧を持っていた。
お付きの青年と、
――敬愛するお兄様だ。
「お兄様!」
ティーソエルがお兄様と呼んだのは、紫の髪に黒と紫炎の瞳を持つ泣きぼくろの男性だった。
長い髪を一房三つ編みに纏めた彼は、品のいい軍人のような格好をしている。
「ティーソエル、どこに行ってたんだ。」
「馬鹿犬を探しにいってたの。」
無事を確かめるように兄はティーの体を見渡す。
どこにも怪我が無いことにホッとして、彼は強くティーを抱きしめた。
その抱擁は、まるで何かを確かめるように長かった。
「お前がいなくなってしまったら、私はどうすればいい。兄をあまり困らせるな。」
兄はティーの頬にそっと口付けを落とすと、頭を撫でる。
ティーソエルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
声は堅いが、その中にティーにだけ見せる甘さがある。
そして隣にいた“犬”を見る。
犬はただの愛称で、火のような赤髪の青年だった。
いま行方不明の馬鹿犬の弟で、ティーの敬愛するお兄様の賢い忠犬。
彼はただ表情のない顔でティーを見つめていた。
「お前の馬鹿犬兄様はどこにいると思う?」
「知りません、たぶん死んだんじゃないですか。」
「それは困ったなぁ、死体が残ると面倒なんだよね。」
ティーは口元に指を当てる。
その笑顔は、夜気よりも冷たかった。
「あの馬鹿犬がそう簡単に死ぬとは思えないけど。」
「まだ血の宝珠を追ってるか……近くに潜伏してるだろうな。」
彼は馬鹿だから一度命令を受けると死ぬまで守り続ける。
でも今回は絶対に死ぬなと強く言い聞かせたので、どこかに潜伏してる可能性が高かった。
「周囲を探すぞ、お前は部隊を連れて探せ。ヨルはティーソエルにつけ。」
「「はっ!」」
ティーの横で二人が膝をつく。
ティーソエルは兄を見つめた。
「お兄様は?」
「私は一人で十分だ。」
「ボク、お兄様が死んだら嫌だよ。」
「なに、死にやしない。少し散歩をするだけだ。」
兄は優しくティーを抱く。
それは今生の別れになってもおかしくないというくらい、長い抱擁だった。
「それよりも此度の件はお前の力が必要不可欠だ。
何があっても死ぬなよティーソエル。」
ティーはそっと兄の胸に頬を預けた。
「うん、約束する。
だからお兄様も約束して、生きるって。」
「ああ、愛しのティー。わかってるよ。」
満月の下、二人は誓いを交わす。
夜風が彼らの影をひとつに織り合わせ、ゆっくりと揺らした。




