影に抱かれた姫君
日の落ちた街の中、少女が歩いていく。
その少女は夜に映える白いワンピースを着ていた。
「ティーソエル!」
彼女を呼ぶ声がする。
ティーソエル……ティーは、顔をゆっくり上げると声の主を見つめた。
宵闇に紛れるような黒い外套を着た女性だ。
その立ち姿は、闇にとける影のようだった。
「ダメじゃない、勝手に動いちゃ。」
「ごめんごめん、ヨルお義姉ちゃん。それで、見つかった?」
ティーがヨルと呼ばれた女性に尋ねる。
彼女はティーの兄の許嫁で幼い頃からティーを見てきた。
彼女は首を振って答える。
「石も犬も見つからなかった。」
「そっかぁ、あの馬鹿犬どこいったんだろうね。」
ティーはケラケラと笑う。
だが、急に真面目な顔になって言う。
「ところでお兄様は?一人?」
その声音が僅かに鋭くなる。
ヨルは臆せず答えた。
ティーの気まぐれさや喜怒哀楽の激しさにはもう慣れっこだった。
幼い頃からの彼女を知っているヨルにとっては、天候を言い当てるように予測することができた。
「お付きをつけてます。一人なのはあなただけ、ティーソエル様。」
「そんな怖い顔しないでよヨルちゃん。酷いなぁ。」
すっとティーの腕がヨルの頬に伸ばされる。
触れる直前、ヨルの影が微かに震えた。
彼女の影が意思を持った生き物のようにヨルの胸に伸びた。
ヨルは一歩後退り、硬直する。
「冗談だよ、怖がらないで。」
そう言うティーソエルの顔は恐ろしいほど美しい。
母譲りの美貌を持つティーに、ヨルは少し震えながら言った。
「笑えない。」
「そっかぁ、お兄様はボクのこと心配してた?」
伸びた影は元に戻り、ティーは愛らしい笑顔でヨルに尋ねる。
その様子に内心、ため息をつきながらヨルは答えた。
「それはもう。早く合流するよ。」
「うん、ヨルちゃん。今日ね色々面白いことがあったよ。」
「それは何ですか。」
楽しそうに笑うティーソエルに、ヨルは笑みを溢す。
ヨルはティーの笑顔が好きだった。たまに煩く思うこともあったが、大事な妹のように扱っている。
「秘密、でも凄く楽しかった。」
ティーは昼間のラガルとの出来事を思い出す。
あの一日はティーの人生の中で忘れられない一日となった。
本当は今すぐ誰かに言いたかったが、彼女には彼女で誰にも言えない訳がある。
「そう、でも今度からはやめてね。貴方の兄上が発狂するから。」
「お兄様はちょっと過保護すぎ〜。」
街の検問所に差し掛かったところでティーソエルが立ち止まる。
風が止まった。街の喧騒が一瞬だけ遠のく。
サッとヨルが彼女の影に入ると、
ズブズブと二人は影に沈んでいった。
兵士が一人何かを察知したように顔を上げたが、
足元の闇には気づかない。
揺らめく影はイェリホクの街を脱して、近くの林に溶け込んだ。




