少女が落とした影
宿に戻ったラガルを待ち受けていたのは怒り心頭のイーヴァと何故か口を聞かないメフェル、ニヤニヤした顔で笑うミムラスだった。
「アンタ〜、無表情に見えてやる事やってんじゃない。」
ミムラスがラガルを肘で小突く。ラガルには何のことかわからなかった。シーナはオロオロとするばかりで役に立ちそうがない。
「怪我人ほっといて女と遊びにいくたぁ、いい度胸してるなぁ。」
イーヴァの低い声が鼓膜を貫く。誤解だと言いたかったが、冷静に考えると誤解でも何でもなかった。
ただ一人、壁を向くメフェルを見る。
彼女に助けを求めたかったが目すら合わせてくれなかった。
(何故だ。)
事の始まりは数刻前、ラガルがティーソエルと遊んでいるときに遡る。
*
教会での祈りを終えた三人は、折角なら露店を見て回ろうということで商店街に繰り出していた。
「この街は最大の漁港があるからね、人間の土地の物がなんでも集まってくるの!」
ミムラスが指を指す。確かに各地の名産品が色々並んでいた。でも、とりわけ多いのが色ガラスの工芸品だ。
「ここは色ガラスが有名なんですね。」
シーナが数点手に取る。どれもが輝いて魅力的だった。
小さな箱や、ブローチ、飾り物など様々な種類の商品が立ち並ぶ。
「そうねぇ、あ……これいいわね。」
メフェルが手に取ったのは四角い花のガラス細工だった。雨の季節に咲く花を模したそれは、大層美しい。
「似合いそうですね。」
「違うわよ、私じゃなくてラガルに。いつも頑張ってくれてるから。」
そう言ってメフェルが棚に商品を戻す。
「えー?あの男に?喜びはしないと思うけど。」
「意外にもラガルは工芸品とか好きなのよ。知ってる?あの人、旅の合間に木彫りなんてやってるの。」
メフェルは楽しそうだった。つられてシーナも笑う。そんな時間が過ぎていった。
丁度、次の露店へメフェルたちが移ろうとしたときだった。
彼はいた。
「あっ!」
メフェルが声を上げる。だが彼、ラガルは気づくことなく。誰かと会話をしていた。
「なになに?なんか面白い物あった?」
ミムラスがメフェルの後ろから顔を出す。そこで見たものは、白いワンピースの少女に装飾品を選ぶ彼の姿だった。
あまりの衝撃に三人の口が開く。
メフェルは手に持っていた杖を落としそうになった。
「ねぇねぇ、これ似合う?」
「ああ、そうだな。今すぐ置け。」
楽しそうに会話する姿を見てメフェルは夢かと疑った。
「えっ、ら、ラガルさんが女の人と歩いてる。」
「えー!嘘ー!アイツもああいう顔すんの!」
後ろではしゃぐ二人の声も聞こえない。
世界の音が遠くなった。
「メフェル、メフェル聞いてる?」
「え、ああ、そう。」
ミムラスがメフェルに声をかけるも焦点が合わない。
いつもより早口で、どこかを見つめていた。
シーナがそんな彼女の様子に首を傾げる。
「メフェルさん……大丈夫ですか?」
「なにが?」
声がいつもより軽かった。
魂が抜けたかのように対応するメフェルに、シーナとミムラスは顔を見合わせる。
「ちょっと、私、用事を思い出したみたい。」
まるで他人事のようにそう言うと、メフェルはふらふらと宿に戻っていく。
シーナとミムラスはその後を慌てて追った。
「お兄ちゃん、これ買って。」
「ふざけるな……買わない。」
後ろでラガルたちの声がする。
(あんな表情見たことない。)
メフェルは感情を失ったまま宿に辿り着いた。
宿に着くなり、座ったまま動かなくなったメフェルを見てイーヴァは疑問に思う。彼が初対面にも関わらずお喋りのミムラスから一部始終を聞いたのはすぐのことだった。
*
「余計なことを。」
ラガルが溢す。それを聞いてイーヴァは更に燃え上がった。昼飯を買いに行かせてその金で女と遊んでいたとは、どうしても許し難いものがある。
「お前に金を持たせたのは女と遊ばせるためじゃない。」
「違う、誤解だ。変なのに捕まったんだ。」
「でも楽しそうだったじゃない、ねえシーナ。」
ミムラスがこの上なく悪い笑みを浮かべて、シーナに話しを振る。残念ながらシーナにも楽しそうに見えていたので、彼は首を縦に振った。
「な、お前……だから、ティーソエルとはそういうんじゃ。」
「へぇ、ティーソエル?名前を呼ぶほど仲良しなんだ、へぇ。」
ミムラスはノリノリだった。それはもう気分が良かった。普段見上げることしかできない巨人が、話題一つで窮地に追い詰められる。
見ていて気分が良かった。
「で、その女どういう奴だったんだ?」
イーヴァが急に話題へ飛びついてくる。
ラガルの首に手を回してガッチリと掴んだ。
「細くて、長身で色白の髪の長い子だった!」
ミムラスがまたしても勝手に喋る。
ラガルはその小さい口を締め上げたくなったが、イーヴァに抑えられていて動けない。
「情報ありがとう。そうかそうか、で――。」
ニタァとイーヴァが笑う。
「どうだったんだ?色気の方は、胸か尻か?どこにやられた?」
「シュッとしたタイプだったよ。」
ミムラスが手を上げて言う。メフェルは耳だけ後ろにやっていたが、思わず言葉が漏れる。
「へぇ……ラガルもあんな顔で笑えるのね。」
その瞬間、場が冷える。ミムラスもイーヴァも動きを止めた。シーナは底冷えするような声に背筋が震えた。
ただ一人、気づかないラガルだけが言葉を続ける。
「お前ら、会ったばかりなのに、なんでそんなに仲がいい。」
「え、えー……気が合うっていうかねぇ。」
「ラガルも隅に置けないよな。」
ミムラスとイーヴァが拳をぶつけ合う。コツンと小さな音が響いた。
そしてイーヴァは笑うのをやめ、ラガルをじっとみた。
「で、ラガル。昨日のことなんだが。」
急に声が一段低くなり、ミムラスをじっと見る。
先程までの茶化す雰囲気とは違っていた。
「そこの小さいお嬢ちゃんだろう、獣に追われていたのは。」




