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エピローグ:赤く消える砦

 夜の風が鳴く。

 これは少し前の話。

 銀の大地の端、バドダランと魔族の土地の間には先の大戦で崩れた国境の壁と深淵の森が広がっていた。


 昔はそこに灰境団という盗賊団の根城があったのだが、今はもうない。遠い昔に、血の宝珠の噂を聞きつけた魔術師の手によって壊滅させられたのだった。


 今は国境を兵士たちが守る。


 だが、魔族が出なくなって久しく、兵士たちの緊張も薄れていた。やけに寒い夜のことだ。


「寒いなぁ、どうせノクオドアルからは何も来ない。」

「そうか?魔獣の影すらみない、こんな夜は嫌な予感がする。」


 そう言って酒を兵士が掻っ払う。

 赤く染まった鼻は白い景色によく映えた。


「やっぱり酒は美味いな。」

「よせよ、あんまり飲んでると酔狂王子みたくなるぞ。」


「それで強くなれるならいい。」


 残りの一滴まで飲み尽くすと兵士は見張り台から外を見る。やけに静かだった。

 静かなのはいつものことだが、今日は他の見張り兵の声が聞こえない。


 (……静かすぎる。)


 おかしいな、と思いつつ隣を見る。


 すると先程まで話していた同僚の姿が見えなくなっていた。


「あれ?ヨーク?どこ行った?」


 梯子を降りていった音も聞こえなかった。

 辺りを見渡しても姿がない。


 冗談でも言いながら席を外すような男じゃない。寒風ばかりが耳に刺さる。


 まさか落ちたんじゃなかろうかと外をもう一度覗いたとき。


 視界が黒に染まった。

 夜ではない、闇だった。


 光を拒むような、底のない濃度。風の音すら遮られる。


 なにかが、そこに“いる”。

 それだけを悟った瞬間、呼吸が塞がれて、悲鳴が飲まれた。寒さすら感じない。


 声にならない声が喉に張り付く。指一本動かせない。


 声を出す暇もなく飲み込まれる。


 闇が襲った後には見張り台も死体も残されていなかった。


 ただ血の跡が残るのみ。


 その夜、バドダランの砦は陥落した。

 音も、気配も、残さず。

 赤と死の匂いだけを置いて。


 数日後、王都の伝令が砦に来たときには目を疑った。

 そこには何もなかった。


「ありえない、兵も壁も扉も消えている!」


 敵襲や魔獣による強襲ではない。

 ただならぬ“意志”がここを抜けた。


 伝令は青ざめた顔で馬に飛び乗る。


「急がねば……これは――。」


 そう、銀はいずれ黒く染まる。

 闇が本格的に動き出した。

 

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