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揺れ始める心

「距離が縮まってきたわね。」


 メフェルがそう言ったとき、森を抜ける風が土と木々の匂いと共に香ばしい香りを運んできた。

 イーヴァがいち早く反応する。


「おお、焼きたての小麦の香り。街が近いな。」


 その声には、妙な軽さと、同時にどこか張り詰めたものが混じっていた。


 すぅっと彼は息を吸うと三人に向き直る。


「決まりだ。命懸けの綱渡りの後は飯を食うべきだな!」


 そう言ってイーヴァは前を歩き出す。

 三人ともなぜ彼が場を仕切ってるのかわからなかったが、街に行くことに異論はないのでついて行く。


「ほら、あんまりのんびり歩いてると店が閉まってしまうぞシーナ。」


「い、今行きます。」


 再び歩き出す一同。

 しかし谷を一つ超えたせいか、その足取りは重かった。


 胸の鼓動がまだ落ち着かない――それぞれの生還の実感が、じわりと遅れて押し寄せてくる。


 木々の間から陽光が差し込む。

 次第に農園と赤茶色の屋根が見えてきた。


 道は次第に広がり、荷馬車の車輪の跡が目立ってくる。


「着いたぞ、ノーヴィツだ。」


 イーヴァが指差す先には、店の呼び声、馬車の音、焼きたてのパン。

 喧騒の中に生活の音が広がっていた。


「わぁ、賑やか。」


 シーナの声には子どものような高揚がにじむ。

 先ほどまで谷底に落ちそうだった少年だとは思えなかった。


 生まれ故郷とはまた違った街並みにシーナは興奮する。

 小さな街だったが、それだけで彼の心を踊らせた。


「さて、お前たち何が食いたい。肉か?肉だな?よーし、肉を食いに行こう。」


 イーヴァが強引に話を進める。

 ラガルは反抗しようと口を尖らせていたが、肉と聞くと目を輝かせた。


「行ってみたかった店があるんだ。」


 イーヴァがずんずんと進んでいくと、道が開ける。

 四人は人混みを割るようにして目的の場所へと辿り着いた。


「ここだ。」


 露店の前にたどり着くとイーヴァが店主に挨拶をする。

 別の客を接客していた店主は一瞬、イーヴァを見ると一拍、息を止めた。


 そしてすぐ様取り繕うように笑顔を作ると、彼に挨拶をする。

 ラガルは思う。

 

(あの、一瞬――まるで“何か”を思い出したような止まり方だった。)


「いらっしゃい。いくつですか?」


「四人分、うんと美味いのを頼む。」


 店主はすぐさま調理に取り掛かった。

 肉を焼く匂いが漂う。


「うんうん、美味しそうだ。やはり俺の目に狂いはない。」


 パチパチと脂が弾け、鉄板の上で肉が焼かれる。

 じゅう、と焼ける音。

 肉の香ばしく焼ける匂い。

 思わずシーナの腹が鳴った。


「はは、いい音だシーナ!」


 豪快なイーヴァの笑いに、店主の腕が一瞬止まる。

 すぐに店主は調理を再開したが、ラガルはその違和感を見逃さなかった。


(なんだ今の。)


 ラガルは目を細める。

 店主の動きはぎこちなく、まるで誰かに見張られているようだった。


「お前この街に知り合いでもいるのか?」


 ラガルがイーヴァに尋ねると彼は首を横に振る。


「いや、この街に来るのは初めてじゃないがいないぞ。」


 ケロッと笑う男が嘘を言ってるようには思えなかった。

 ただ、本当のことを言ってるのかも怪しい。

 コイツは馬鹿のように振る舞っていると、ラガルはどこかで思った。


 イーヴァの横顔にわずかに影が差す。

 言葉よりも、その沈黙の方がずっと気になった。


「はいよ、おまち。」


 店主が枯れた葉で包んだ肉を四つ渡す。

 こんがり焼かれた肉は、焦げ目も色も完璧だった。

 まさしく職人の腕。

 しかし渡すときも店主はイーヴァの顔を絶対に見ようとしない。


 そのことにシーナもメフェルも気づかない。


 ラガルは亜人差別かと思ったが、それならば最初から売りはしないだろう。


 納得のいかない違和感だけが彼の中で降り積もっていく。


「どうした?食べないのか?」


 気がつけば、イーヴァがラガルに肉を差し出していた。

 ラガルは肉をひったくるように受け取るとかぶりつく。

 肉汁が溢れて、口の中で踊った。


「美味しいわねぇ。」


 はむはむと小さな口でメフェルは肉を頬張りながら喋る。

 その姿は栗鼠のようだとシーナは思った。


「栗鼠みたいだな、メフェル。」


(素直だなぁ、イーヴァさん。)


 シーナは弾力のある肉を噛む。

 干し肉以外の肉を食べるのは久しぶりだ。


 もごもごと口を動かしていると、ふと何かの視線をシーナは感じた。


 振り返ったが、そこには鴉しかいない。

 シーナが首を傾げてみると、鴉もコテンと首を傾げてみせた。


 何かが追ってくるような気配――小さなざわめきだけが胸に残った。

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