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離れていく背中、言えなかった声

 ネインバイドカラムを抜けた夜、シーナは横になり、一人考え事をしていた。


 (僕……守られてばかりだ。)


 初めて二人と出会った馬車の事件。

 不意を突かれて魔獣に襲われたとき。

 竜退治。

 そして地下での魔獣の一件。

 

 誰かに庇われて、守られて、そればかりでシーナは気持ちが暗くなっていた。


 昼間、ラガルを怒らせたことを思い出す。

 無意識にシーナはリュートを握りしめた。

 柔らかな木の温もりが今は鬱陶しい。

 

 遠くではメフェルとラガルが焚き火の前で小声で何か話している。


 それを見てシーナは胸の内に黒い感情が湧くのを自覚した。


 (僕も、僕だって……メフェルさんみたいに、ラガルさんと話したい。二人に並んで立ちたい。)


 憧れとも嫉妬とも似つかわない感情。

 ジクジクと痛みだす心を閉じ込める。


 焚き火のはぜる小さな音が、胸の奥の苦さを余計に強調した。


 涙が出そうになるのを堪えて、シーナは二人に背を向けた。


 夜は深まる。

 そして朝を迎えようとしていた。


 ――――――――――――――――――――――――


 朝になり、シーナは昨日の感情を引きずりながらも身を起こした。

 まだメフェルはすやすやと寝息を立てている。

 ラガルは眠れないのか決まって夜の見張りをするのだ。


 シーナは気まずさを抱えながら、彼の元へ行くことにした。


「ラガルさん、おはよう……ございます。」


 恐る恐るシーナが声をかけるも返事は返ってこない。

 沈黙が流れて、シーナは目の前が暗くなった。


 (嫌われた。)


 その事実がシーナを刺す。

 昨日の朝までは普通に交わしていた言葉が、今では懐かしい。


「ラガルさん、昨日は。」


 言いかけたところで言葉が止まる。

 謝っても意味がない、そんな気がした。


 ――実際には。


 ラガルは返事をしようとして声を出せなかっただけだった。なんと言えば良いのかわからなかった。

 喧嘩をしたという自覚はなかったが、仲直りの方法などこの男が知るはずもなかった。


 喉が強張り、言葉がつかえる。


 シーナの怯えた顔が目に浮かんだ。

 何かを言えば余計に傷つけてしまうような気がして何も言えない。


 不思議だった。

 昨晩メフェルに叱られたときは何も思わなかったのに、いざ目の前にすると胸が苦しくなる。


 わからない、ただ胸の奥に固いものがあった。

 

 (どうすればいいんだ。)


 ほんの一言でいいのに、その一言が喉で凍りつく。


 走り去って行くシーナの後ろ姿を止める事さえできずに、焚き火の燃え残りの前で立ち尽くす。

伸ばしたい腕が、どうしても動かなかった。

 唇が一瞬開かれて、そして噛む。


 (行くな。)


 喉まで出かかった言葉が空気に溶ける。

 止められなかった自分に心が痛んだ。


 静かな朝の風が、ひどく冷たく頬を撫でた。


 しばらくして、微かな羽音が落ちる。


 その様子を一羽の鴉が、枝の上から眺めていた。

 まるで何かを報せるように。


 *


 シーナは森の中を歩いていた。

 涙で前が見えない。

 あのまま、ラガルの前にいたら壊れてしまいそうだった。


 (どうして僕はこうなんだ。)


 いつも弱い。

 剣もろくに握れず、魔獣が出ても震えるばかり。

 誰かの足を引っ張ることしかできない。


 (嫌われたくないのに、逃げることしかできないなんて。)


 話したい。でもこれ以上嫌われたくなくて踏み込めなかった。


 (弱くてもいい、なんて嘘だ。)


 何も守れないじゃないか。

 

 ガサッ


 近くの茂みが裂ける音がする。

 シーナは感情的になりすぎて気づいてなかった。

 二人から離れすぎていたことに。


 一瞬、目を見開いたが遅い。

 低い唸り声のような音が聞こえ、生ぬるい風がシーナの頬を撫でる。茂みの奥で黄金の瞳がぬらりと光る、まるで何かを見定めるように一瞬細められた。


 シーナは後ろに下がる。


 けれど茂みから出て来たのは全く別のものだった。

 どさり、音が聞こえる。


 シーナの目の前に男が倒れた。


 空気が一瞬、凍りついた。


 その男の動きは不自然なほどに力が抜けていたが、落ちた瞬間だけ僅かに体勢を整えたように見える。

 シーナにはわからない速度で、倒れてなお、わずかに開いた片目が足元から武器の位置までを瞬時に測っていた。

 

 突然現れた人物に驚いたが、ひとまず倒れたのが魔獣ではなくてよかったとシーナは胸を撫で下ろす。

 

 燃えるような赤い髪の大男。

 青年の背には身長と同じくらいの大きな大剣が背負われていた。


 そして怖いくらいに腹が仕切りになっている。


「飯……。」


 確かにそう呟いたのを聞いた瞬間、シーナの足は勝手に動いていた。


 *


「どうして止めなかったのよ!」


 メフェルが大声を上げる。彼女がこうして怒るのは珍しいことだった。

 焚き火の灰の前でラガルは口籠る。


「いや、俺は。」


「昨日も言ったでしょ!もっとちゃんと会話しなさいって。行くわよ、シーナを探さなくちゃ。」


 鬱蒼としげる森の中、彼の身に何が起こるかわからない。メフェルが起きたのは先ほどのことだった。

 気づけばシーナがいなくて、バツが悪そうにラガルだけがぽつんと残されていた。


 色々言いたいことはある気持ちを抑えてメフェルは杖を手に持つ。


 出発の準備をほどほどにシーナを探さなければならなかった。


 シーナが消えた森の方向へ足を踏み入れようとしたときだ。森の奥から何かが近づいて来る。

 メフェルは杖を構えるとその影に目を凝らした。


「……シーナ!」


 黄色い人影を見つける。

 それはシーナだった。


 すぐにメフェルは近づこうとしたが足が止まる。

 シーナの横には知らない人影があったのだ。


「うう……飯。」


 赤髪の額に鉢巻をした青年がシーナに担がれてやって来た。

 その声色には妙な作り物めいた弱々しさがあったが気づくものはいない。


 ぐるるるる、と腹の虫が唸る。


 その音が、森の静かな空気を破った。

 シーナは半ば引きずるように、その青年を連れて来ていた。

 シーナの肩に置かれたその重さは、不思議と暖かかった。

 

 ラガルの眉間がわずかに寄る。


 新しい異物を観察していると、森の奥でカァと一声鳴く声がした。音の方向を見たが既にそこに影はない。

 一枚黒い羽だけが残されている。


 ラガルは羽を拾い上げると息を呑んだ。


 何かが確実に、彼らを見ている。

 その視線は彼ら全員を見ていた。

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