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血の呼び声

「急にどうしたんですかお二方!」

「そうよ、怖い顔して。」


 二人の空気が変わったことを察知してシーナとミムラスが尋ねる。しかし、どちらも答えない。

 メフェルが二人に目をやると口元に手をあてるジェスチャーをした。


 そしてラガルの方を向くと頷き合い、遺跡の奥へと足を踏み入れて行ったのだった。


 *


 黒い神殿の奥、乱雑に積まれた資料を手に取って一人の男が魔法陣を描いていた。

 血で描かれたそれはグツグツと音を立て、怪しく光る。

 魔法陣の真ん中には赤黒い石が置かれ、その光景は異様な物だった。


「これで、次は、きっと。」


 男がブツブツと呟く。乾いた唇から息を吐いただけの音が漏れるように。


「ロンラディムの秘術、ひっ、秘術を完成させる!」


 上擦った声で高らかに宣言すると、男は何やら呪文を唱え始めた。


「闇より、いでし、魔の力よ……我が声に答えよ。」


 赤い光が辺りを満たしていく、血の匂いが濃くなった。

 そして光が頂点に達したとき――何も起こらずに儀式は終わる。


「なんでだ!ここに書いてある通りにやったのに!!」


 ビリビリと書物を破り捨てる男。

 その様子をみる視線にはまだ気づいていない。

 男の後ろには四人が隠れていた。


「あれは……なんだ?」


 ラガルが不思議な物を見た顔でメフェルに尋ねる。

 メフェルも肩をすくめわからないといった様子だ。


「滅茶苦茶な魔法陣……素人ね。でも発動してるわ。」


 ラガルが男を見る、その見た目は乞食のようで枯れた腕に肉のない体をしていた。


「肩透かしね、効果はないけど発動だけしてるから魔を消費してるのよ。だからさっきから変な流れがあったのだわ。」


 メフェルはそう言うと杖を構えた。


「でも何かの黒魔術をやろうとしてることに間違いないわ。止めるわよ、ラガル。」


「は、関係ないだろ。」


 ラガルがそう言う間にメフェルは前に進んでいく、そして男の後ろに立って声を張り上げた。


「一体ここで何をしているの!」


 男は驚き、振り返るといつの前にか魔術師の女がいる。

 メフェルはその黄色く濁った目を真っ直ぐに見つめると魔法陣を足で掻き消した。


「そこに転がっているのは塔の魔術書ね。だから放置して帰るのは良くないのだわ。」


 いきなり現れた女に魔法陣を消されて、男は形相を変える。そして枝のような腕でメフェルに掴み掛かると押し倒そうと力を入れた。


「やめてちょうだい。」


 しかし軽くメフェルにあしらわれただけで男は床に転がってしまう。そのやりとりを見ていたラガルたちも男を取り囲んで話を始めた。


「大丈夫……ですかメフェルさん。」


「ええ、それよりあなた大丈夫?立てる?」


 メフェルが男に手を伸ばそうとしたそのときだった。


「……トカゲ。」


 男がそう呟いた。

 ラガルの肩が跳ねる。


「トカゲ?」


 ミムラスが何のことだというようにその名をもう一度呟く。空気が冷え、全員の背中にピリピリと悪寒が走るようだった。


 男の瞳は見開かれ、ラガルを一点に見つめる。

 そしてヨタヨタと立ち上がると彼の元へと歩を進めた。


「トカゲ、だよなぁ!トカゲだよなぁ!オレだ!わかるだろう、なぁ!」


 そう言って男はラガルに掴み掛かろうとするが、ラガルはその手を躱す。

 男は何が起こったのかわからないといった顔でラガルを見つめるともう一度その名を呼んだ。


「トカゲ……オレの元に帰って来い。咲くんだ、返り咲くんだ。血の宝珠で!」


「血の宝珠……?」


 その名前を聞いた瞬間、あの日の記憶が蘇る。

 ラガルの瞳が丸く開かれた。

 まさかと思いたかった、だが、ラガルにはこの男の正体がただ一人しかいないと確信を持って言えた。


(やめろ……俺の名を呼ぶな。もう、俺じゃない。)

 

 見たくなかったあの顔が、声が目の前にある。


「お前、知ってるだろ。使い方、なぁ!ほら、見せろ!見せてみろ!いい夢を、なぁ!」


 その瞳はあの夜に見た色と同じ闇の色だった。

 男が先程、メフェルに掴み掛かったときとは比にならない強さでラガルの腕を引く。そして中央にある石に触れさせようとした。

 

「やめ……痛い!」


 ラガルが手を振り上げる。男の体はそれで地面に叩きつけられた。


「ぐっ。」


 短く悲鳴を上げると男はブルブルと震え出す。

 その瞬間だった。

 集まっていた魔のうねりがモヤとなって現れると徐々に形をとっていく。


「まさか……魔が集まりすぎたわ!魔獣が生まれるわよ!」


 石畳の隙間から生温い風が吹く。

 

 メフェルがそう言った束の間。

 黒いモヤが蠢き、骨と肉の音を立てながら形を成していく。それは、誰かの怨嗟をそのまま肉に変えたようだった。

 

 やがてモヤは形を成し、四足の獣へと姿を変える。

 

 そして男の喉笛を噛みちぎった。何か言い残す間も無く男は絶命する。

 だらんと下がった腕が最後に伸ばそうとしていたのは、ラガルだったのか、それとも中央に置かれた石だったのか。


 バリボリと咀嚼する音にラガルは唾を飲み込んだ。

 あまりにも唐突な死に一同は言葉を失った。


 咀嚼音が途切れた後、何も聞こえなくなる。

 

 ――過去はようやく死んだ。

 

 そして食い終わった魔獣はゆっくりと顔を上げると、今度はラガルたちを見据えた。

 

 ミムラスは銃を握りしめ、構える準備をする。

 シーナは誰のことも呼べなかった。

 

 そして地面を蹴る音がする。

 土煙と共に魔獣が襲いかかった。

 その咆哮は、過去と現在を引き裂く音。


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

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