忘れ去られた祈り
地下遺跡、そこは“何かを思い出さなければいけない気配”を孕んでいた。
その何かが何なのか誰も知らない、しかしラガルの胸には忘れたままではいけない痛みがあった。
胸の奥が焦げたように疼く。
自然と足は遺跡の奥へと向かっていった。
周囲には黒い石が横たわり、積まれた跡だけが残っている。そして至る所に塔の魔術師のものと思われる書物や道具が転がっていた。
土の匂いと薬品の匂いが鼻を刺す。
そんな中、ミムラスが加わったことで一同はより賑やかになった。特にメフェルは彼女と楽しそうに話をしている。ミムラスも応えるように満面の笑みを顔に浮かべていた。
後ろでは男性二人が女性陣を眺めるようにして付いてきている。
「それ魔道具よね?変わった形をしてるのね。」
メフェルがミムラスの担ぐ筒を指差す。鈍く輝くそれには魔石が嵌め込まれていた。
「銃って言うのよ。最近できたばかりなの。」
そう言ってミムラスは嵌め込んだ魔石を押す。すると、魔石が砕かれ、紫の光が銃を満たしていった。
そして彼女は近くにあった石に照準を合わせると、撃ち抜いて見せる。
乾いた破裂音が轟き、紫の光が石を裂いた。
「どう?すごいでしょ。」
小さな体で威張るミムラス。
メフェルは撃ち抜かれた岩を見て顔を顰めた。
「こんなものが量産されたらたまったものじゃないわね。」
「どうせ人間は不器用だから使えはしないよ。やってみる?」
「私はやめておくわ。」
シーナは銃と呼ばれた筒を改めて見てみる。小ぶりなのに、威力だけが桁違いだ
驚きと畏怖を込めた瞳が揺れた。
「魔道具は誰でも魔術を使えるようになる便利な道具だけど、人を傷つけるものは私あまり好きじゃないわね。」
メフェルがシーナの不安を汲み取ったかのように、小さく呟いた。
その言葉にミムラスはムッとしたような表情を見せる。
「それは魔術も一緒でしょ。使う人が悪かったら全部悪いもん。」
「そうね、でも強力な力を無作為に振る舞うのも違うのよ。」
「うーん、そうだけど。」
ミムラスは手元の銃身に目を落とす。ギラリとその表面は輝いて、彼女の顔を歪んで写した。
「いずれ悪人の手に渡るわよ、それ。」
鋭さを一瞬孕んだ声は忠告のようにも聞こえた。
ミムラスは先程までの明るかった気持ちが沈んでいくのを感じる。
「でもメフェルたちだって、いつか誰かの悪人になるんじゃないの?」
その言葉にメフェルは言葉を詰まらせた。
何も言えずに立ち止まってしまう。
「え、えっと、ミムラスさんはどうしてこんな所に?」
空気が悪くなるのを感じたシーナが強引に話題を変えた。ミムラスは丸い瞳をぱちぱちさせたあと、ニコッと微笑んでシーナに向き合う。
「ミムラスでいいよ。アタシ、遺跡を掘りにきたの。」
「い、遺跡を?どうしてです?」
「それは勿論、お宝のため!」
キラリと目を光らせて、ミムラスは背中のカバンから道具をとりだす。カチャカチャとその場で組み立てると大きなツルハシが出来上がった。
「すごい、銃といい。小人って本当に器用ね。」
「へへ、これくらい普通よ。」
ミムラスがメフェルの賛辞に鼻を擦る。ツルハシを持ち上げるとミムラスは壁に軽く打ち当てて、メフェルたちの方を振り返った。
「アタシ地上から土と壁を掘ってきたの。みんなはどこから来たの?出口なんてどこにもなかったよね。」
「ぼ、僕たちは塔の中から。」
「え、あのでっかい建物?ツルハシで叩いても傷一つつかなかったのに入れたの?」
メフェルはその言葉にキョトンとしてすぐに笑い出す。
「魔術師の作った塔だからだわ。」
「どうりで硬いと思った。」
笑い合う三人の後ろで一人ラガルは……石を蹴っていた。黒い石碑たちの並ぶこの場所はどこか寒い。
魔獣の気配がしないため、ラガルは落ち着いて辺りを観察することができた。
神殿のような場所だったのか、黒い石柱があちこちに見受けられる。上を見れば天井まで黒く、銀の星のような煌めきが埋め込まれていた。
ラガルは妙な緊張を覚える。ここが厳かな場所であるような、言い得ぬ物に見られているような。
ふと気づくと三人は先に行っており、一人取り残されている。
声のする方向に向かうと三人は広間のような場所で談笑をしていた。
「すごいわ。」
メフェルの声が響く。
その空間は異質であった。
「ここはね……神々を殺そうとした魔族たちの墓よ。忘れられた者の、祈りの果て。」
ただ広い空間に玉座が一つと黒い壁画が置かれている。
見ればミムラスが椅子に乗り、その背に刻まれた文字のような物を真剣に見つめていた。
「なんて書いてあるんだろ。」
「魔族の言葉……それも古い文字ね。私読めないわ。」
「この壁の紋様もすごいです。これも全て文字、なんでしょうか。」
シーナが壁を撫で上げながらそう言う。
ラガルはその紋様に既視感を覚えた。
遠い昔、どこかで見たことがあるような。
いや、思い出してはいけない何かだ。
椅子に近づき、その背に刻まれた文を目にしたとき。
彼の口は勝手に動いていた。
「スィアルクリカト、ルフスムディサ、ダンヘネクスレゲア。」
ラガルには刻まれた文字が脈打つ血のように見えた。
手が、喉が、口が勝手に動く。
まるで自分ではないかのように。
その声はどこか懐かしそうに、そして愛おしそうにシーナには見えた。
何を言ってるかわからなかったが、口ずさむ彼の姿は普段よりもずっと柔らかい。
「え、読めるんですか?ラガルさん。」
そうシーナが言ったとき、ラガルはハッとしたように現実へ引き戻された。
(俺は今、何を言ってたんだ。)
背筋に冷たいものが走る。そして一瞬、女の手が自分を包み込んだかのような錯覚を覚えた。
耳元で誰かの声が聞こえる。
懐かしくも不明瞭な言葉がラガルの鼓膜を撫でた。
「っ!」
声にならない悲鳴が彼の喉で鳴る。
――青い花の草原で誰かが手招いている。
花びらが焦げ散る。鋭い痛みが胸を刺す。
気づけば、ラガルの視界は真っ赤だった。
「どうしたのよ、デカブツ。」
ミムラスが怪訝な表情をしてラガルを見上げた。
ラガルは咄嗟に顔を繕うと“なんでもない”と言って横を向く。
「ラガル……あなた一体。」
そうメフェルが言ったときだった。
遺跡の奥から空気を押しつぶすほどの圧を感じる。
メフェルとラガルは顔を見合わせ、その闇へと足を踏み入れた。
闇の方が彼らを迎え入れようと口を開いているのを知らずに。




