殺すか死ぬか
「ゲホッ、ゴホッ!」
トカゲの体が吹き飛ぶ。
机を巻き込んで、壁に打ち付けられた。
キースはそんな彼の様子を見下ろしている。
ただ、黙って。
靴底をトカゲの顔面に押し当てた。
「俺たちはこの灰の大地の境でしか生きられねぇ。無法者だがよ。掟はあるんだ。」
靴底がゆっくりと顔に沈み込む。
嫌な音が鳴り響くのも気にせずキースは続けた。
「いい夢みせろって言ったよな。俺たちゃ盗みはするがよ、仲間からの盗みは御法度なんだよ!」
足が腹に食い込んだ。
鉄の味で自分の呼吸の荒さを知る。
「やめろ……。」
「俺がお前に命令するんだ。」
彼の声が何重にも聞こえた。
グッとトカゲの髪を掴んで顔を持ち上げると、キースは彼を覗き込む。焦点の合わない薄紫の瞳を無理やり、自分に合わせた。
「なんで盗った?言ってみろよ。」
キースの拳に力が入る。
「ゼ……ゼンのため。」
息も絶え絶えになりながらも答えた。
キースが睨みつける。
それはまるでその奥にいる誰かを見据えるように。
「また、アイツか。」
そう呟いた彼の顔は見えなかった。
ただ、髪を引く手の力は増していく。
それでも、キースの酒の匂いは懐かしい。
「わかった。一つお前に道をやろう。」
キースが手を離し、床にトカゲが転がる。
キースの顔には、その黒い瞳だけが浮かび上がっていた。
「本来は殺すとこだが、丁度いい。」
その声で身がふっと緩んだ。
喉に酸があがった。
ぼやけた視界が徐々にハッキリする。
けれど続く発言にどんな命令が含まれているのか、肩が小刻みに震えていた。
キースが口を開く。
張り詰めた時の中、その動きがひどく遅く見えた。
目の端にゼンの笑顔が、映り込んだような錯覚を見る。
かつて共に過ごした夜が思い浮かんだ。
彼に拾われていなければ今ごろ、トカゲは死んでいた。
チラリとキースが小箱の宝石を眺める。赤黒い輝きが応えるように瞬いた。
「ゼンの首持って来い。」
窓が風に叩きつけられ、古い蝶番が音を立てた。
たった四文字の命令、冷たく確定的な言葉。
――ゼンを殺す。
「いっ!」
嫌だと言おうとした瞬間、キースが口を塞ぎ、乱暴に頬掴むと横に振り捨てた。
「お前はおれのもんだ。この団は俺のモンだ!誰がここの主か見せつけてやる。」
キースの声が跳ね上がる。うちから湧き上がる情動に振り回されているようだった。
「お前が殺さないなら俺が殺すぞ。ああ!殺してやる!」
もう指導者としての姿は残っていない。そこにいるのは破滅的な自己愛と憎悪に突き動かされた、一人の男。その声には自分も救われたいような哀しみが混ざる。
トカゲは言葉が見つからず、ただそこにいた。
「選べ、俺が殺すか!お前が殺すか!できないなら死ね!」
恐怖でしゃくりをあげそうになる。
声が残るうちに、キースが机を強く叩く音がする。
トカゲが選んだのは――。
爪に力を入れて腰を上げた。
踏み込む音が響く。
それが抵抗のためだったのか、ただ逃げ出したかったのか、自分でももうわからなかった。
空気が避け、血の味が戻った。




