表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

殺すか死ぬか

「ゲホッ、ゴホッ!」


 トカゲの体が吹き飛ぶ。

 机を巻き込んで、壁に打ち付けられた。

 キースはそんな彼の様子を見下ろしている。


 ただ、黙って。


 靴底をトカゲの顔面に押し当てた。


「俺たちはこの灰の大地の境でしか生きられねぇ。無法者だがよ。掟はあるんだ。」


 靴底がゆっくりと顔に沈み込む。

 嫌な音が鳴り響くのも気にせずキースは続けた。


「いい夢みせろって言ったよな。俺たちゃ盗みはするがよ、仲間からの盗みは御法度なんだよ!」


 足が腹に食い込んだ。

 鉄の味で自分の呼吸の荒さを知る。


「やめろ……。」


「俺がお前に命令するんだ。」


 彼の声が何重にも聞こえた。

 

 グッとトカゲの髪を掴んで顔を持ち上げると、キースは彼を覗き込む。焦点の合わない薄紫の瞳を無理やり、自分に合わせた。


「なんで盗った?言ってみろよ。」


 キースの拳に力が入る。


「ゼ……ゼンのため。」


 息も絶え絶えになりながらも答えた。

 キースが睨みつける。


 それはまるでその奥にいる誰かを見据えるように。


「また、アイツか。」


 そう呟いた彼の顔は見えなかった。

 ただ、髪を引く手の力は増していく。

 それでも、キースの酒の匂いは懐かしい。


「わかった。一つお前に道をやろう。」


 キースが手を離し、床にトカゲが転がる。

 キースの顔には、その黒い瞳だけが浮かび上がっていた。


「本来は殺すとこだが、丁度いい。」


 その声で身がふっと緩んだ。

 喉に酸があがった。

 ぼやけた視界が徐々にハッキリする。

 

 けれど続く発言にどんな命令が含まれているのか、肩が小刻みに震えていた。


 キースが口を開く。

 張り詰めた時の中、その動きがひどく遅く見えた。

 目の端にゼンの笑顔が、映り込んだような錯覚を見る。


 かつて共に過ごした夜が思い浮かんだ。

 彼に拾われていなければ今ごろ、トカゲは死んでいた。


 チラリとキースが小箱の宝石を眺める。赤黒い輝きが応えるように瞬いた。

 


 

「ゼンの首持って来い。」



 窓が風に叩きつけられ、古い蝶番が音を立てた。

 

 たった四文字の命令、冷たく確定的な言葉。

 ――ゼンを殺す。


「いっ!」


 嫌だと言おうとした瞬間、キースが口を塞ぎ、乱暴に頬掴むと横に振り捨てた。


「お前はおれのもんだ。この団は俺のモンだ!誰がここの主か見せつけてやる。」


 キースの声が跳ね上がる。うちから湧き上がる情動に振り回されているようだった。


「お前が殺さないなら俺が殺すぞ。ああ!殺してやる!」


 もう指導者としての姿は残っていない。そこにいるのは破滅的な自己愛と憎悪に突き動かされた、一人の男。その声には自分も救われたいような哀しみが混ざる。

 

 トカゲは言葉が見つからず、ただそこにいた。


「選べ、俺が殺すか!お前が殺すか!できないなら死ね!」


 恐怖でしゃくりをあげそうになる。


 声が残るうちに、キースが机を強く叩く音がする。


 トカゲが選んだのは――。


 爪に力を入れて腰を上げた。

 踏み込む音が響く。

 それが抵抗のためだったのか、ただ逃げ出したかったのか、自分でももうわからなかった。


 空気が避け、血の味が戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ