夢を見せろ
「何話してんだ?俺も混ぜろよ。」
キースがにやけながら近づいてくる。
けれどその目は射抜くようで、トカゲとゼン両方を見据えていた。
(まただ……。)
いつもそうだった。
トカゲがゼンと距離を置いた理由の一つだ。
キースはゼンとトカゲが話していると積極的に割り込みようになっていた。
その目的をトカゲは明確に知らなかったが、思い当たる節はある。
(本来の頭領はゼンのはずだった、それをコイツが奪った。)
キースはゼンを右腕としていたが、本当ならその立場は逆になるはずだった。先代の頭が死んだときに、今の一派を固めて団を乗っ取ったのがキースという男だ。
(だから、俺がゼンの手の内にあるのが気に食わないんだろう。)
それはきっと外れた考えではない。
むしろ的を得ているように思えた。
キースはやたらとトカゲに執着しているのだ。
宝珠をもたらした魔法の使える青年――トカゲに。
(そうだ……血の宝珠。)
ハッとトカゲは思い出す。
万物に力を与える、不死の妙薬。
血の宝珠。
もしも、それさえあればゼンは死ななくて済むのではないか?
少なくとも今よりは長生きできるのではないだろうか。
「聞いてんのか?トカゲ。」
キースの声で現実に戻される。
どうやらトカゲはなにか話を振られたようだった。
聞いてないとも言えずに肩を竦めて返す。
その様子にキースは呆れたようだったが、鼻を鳴らすと言った。
「というわけで……コイツは持ってくぜ。ほら行くぞトカゲちゃん。」
トカゲはキースのその言い回しが好きではなかったが、彼は気に入ってトカゲをちゃん付けしてくる。
親愛をゼンに見せつけるようにして。
トカゲの肩に腕を回し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
そのまま二人はキースの部屋へと消えていく。
「よぅし、トカゲ。座れ。」
今にも歌い出しそうなキースは、革張りの椅子に体を沈める。彼が座ったのを確認してトカゲも木の椅子に腰をかけた。
「今日も一杯付き合えや。」
「また酒か。」
「お前も少しは飲めるようにならねぇと、いざってときに損するぜ。」
キースは空いた杯を2つ取り出すと、樽から葡萄酒を注ぎ出す。
この酒はキースがえらく気に入ってるものでわざわざ遠くから入手してきてる物だった。
杯に紫色の液体が注がれていく。
初めて見たときは毒のようにも思えたが、今では慣れてしまった。
「ほらよ、乾杯。」
「乾杯。」
杯を高く突き上げるとキースは一気に飲み干す。
あっという間に空になった杯にグビリと最後の音が鳴る。
トカゲにはとても真似できない行為だった。
「お前は、ちびちび呑みやがるな。」
自慢じゃないがトカゲは酒に強くない。
そのためキースと晩酌をすると、キースの杯ばかりが空になってトカゲの杯はいつまで経っても減らなかった。
「いいから飲んでろよ。」
トカゲが眉を顰める。
毎回のように同じ事を言われて少々飽き飽きしていた。
二杯目、三杯目と酒が進む。
キースの顔が赤くなり、呂律も怪しくなってきた。
「トカゲ、お前は俺のところがいいよな?」
そうなると決まってこう言うのだった。
トカゲは今日も無言で話を聞く。
だが今回はいつもと違った。
「答えろや。」
杯に注がれた酒をあおってキースは睨む。
それはどこか苛立ちがあるようだった。
「なんでそんな事を聞く。」
トカゲは答えを間違えないように、冷静になって話を聞く。体の毛一本一本が立ち上がるように、神経が張り詰めた。
「お前は俺の元がいいよなぁ?」
質問には答えずにキースは問いを続ける。
酔い潰れる寸前だったせいか、キースが酷く惨めな男にトカゲは思えた。
「ああ、お前の下に入れて良かったよ。」
思ってもない言葉を舌の上で転がす。
けれど瞳だけは違う場所を見ていた。
何かを探すように。
キースはもう目を閉じかけていて、そんなトカゲの様子など気にかけていない。
「本当にそう思うか?」
「ああ、ツキがある。」
それは実際にトカゲが思っている事だった。
キースという男は運がいい。
何度か灰境団は討伐隊に襲われていたが、毎回運良く逃げ延びたり、勝ち進めることができていた。
「こないだの自警団の軍団だって、お前の指揮がなきゃ危なかったろう。」
キースの機嫌を取るためにトカゲは言葉を並べる。
普段は全く褒めないトカゲがそう言ったことで、キースはやっと笑った。
「お前はやっぱ……他のやつとはちげぇ。俺の周りは嘘だらけだ。嘘。」
もはや半分寝言のような声でキースが言う。
「いい夢を見せろよ。」
そう言って彼は目を閉じた。
寝息のような音が聞こえてくる。
ゆっくりと胸が上下しているが、眠っているかどうかはわからない。
トカゲはこの時を待っていたと言わんばかりに動き出す。
慎重に立ち上がると、キースの背後に飾られていた小箱の鍵を開けた。
鍵はなかったが、鍵開けはずっと昔に教わっていた。
ゼンだ。
ゼンのために、この鍵を開けるのだ。
彼が笑うと、自分も生きていける。
それだけでいい。
それだけがよかった。
間違いでも構わない。
無言で小箱の蓋を開けるとそこにはあった。
赤く黒く輝くあの宝石が。
――血の宝珠が。
見つけた瞬間息を呑んだ。
酷く静かだ。
自分の鼓動さえ自分のものではない。
急く鼓動を押さえつけるように、息を殺す。
そして手を伸ばしたときだった。
「何をしてる?」
世界の音が戻るまで、時間が伸びたようだった。




