人のぬくもり
指に残る熱は熱い。それは自分の意思とは無関係に静かに脈打つ。
――雪は白く降り積もる。
それは燃え尽きた灰のようでもあり、銀光を纏うカケラのようでもある。トカゲが触れたとき、カケラは音を立てて弾け、炎が燃え広がった。
トカゲは目を覚ます。
キースと話した晩のことだ。
どうやら夢を見ていたようだった。
ゼンが隣で火を焚いていた。
香ばしい匂いがする、兎の肉だ。
「お前も食え。」
ゼンはずい、と肉を差し出した。
見れば周囲には人が集まっている。どうやらゼンが取ってきた肉を皆に分け与えているようだった。
おかげで肉は一欠片しかなかったが、それでも食えるに越したことはない。
トカゲは肉を受け取ると口の中に入れた。
獣くささと肉汁が広がる。
「あぁ、トカゲに大きいの与えやがってゼンさん。えこ贔屓だ。」
太った男がゼンに文句を言った。その男の掌にも小さな肉の欠片があったが、手の大きさのせいで余計に小さく見えている。
「ジャン、オメーは食い過ぎなんだ。若い奴に食わせろや。」
「でもぉ。」
ゼンに言われてジャンはひもじそうに肉を見る。それを見たコレオは笑った。
「お前はちょっと痩せた方がいいんだよ、ジャン。」
「コレオ、そしたら俺ガリガリになっちまうよぉ。」
その言い方があまりにも情けなくて周囲から笑いが起こる。ゼンの周りはいつも賑やかだった。
トカゲは笑わなかったがその表情は柔らかい。
ゼンには人を惹きつける力があった。
「そうだ、トカゲ。お前は結局何の用で呼び出されたんだ?次の遠征か?」
コレオがトカゲの隣に腰を落とし、トカゲは少し端によける。
次の遠征という話は初耳だったが、トカゲはキースから血の宝珠に関して口止めをされていたため話を合わせざるを得なかった。
「……そう。」
「たぁ、やっぱり。おめぇヘマすんなよ。前に来た新入りはやらかしてキースに処分されたんだ。」
軽口のように言った内容はトカゲの生死に関わることだ。
「処分……。」
トカゲの口が言葉をなぞる。
影が落ちた彼の表情を見てゼンはふんと鼻を鳴らした。
「ここはそういう場所だ。」
誰も笑ってなどいなかった。
あれだけうるさく騒いでたのが嘘のようだった。
トカゲは改めてここがどういう場所かを知る。
夜は更けていく。
トカゲは自分の寝床へと戻ることにした。
(遠征……人を襲う……。)
薄い寝台の中で1人トカゲは考える。
コレオの遠征の話が耳から離れない。
それがどういうことかトカゲはわかっていた。
ここで人を殺してしまえばきっと後には戻れなくなる。
そんな予感が彼の中にあった。
木の板の冷たさが背中を刺す。
目を閉じれば、白い雪の世界がちらついた。
その中で誰かが「逃げろ」と叫んだ気がした。
(俺は一体何者で――何をするべきなんだ。)
暗闇の中に自分の輪郭が溶けていく。
まるで自分という存在が誰かの抜け殻のように思える。
感覚さえ失いそうになる中で、トカゲは自分を見つめていた。
(殺しが俺のやるべきことなのか。)
問いかけてもその問いは返ってこない。
ただ不安が胸を覆い尽くすばかりだった。
(もう寝よう。)
月灯りのない夜に冷たいバドダランの風が吹く。
それは身を切るような寒さで、布一枚の寝具では太刀打ちなどできなかった。
風の中にトカゲは遠く鉄の音を聞く。
それが誰の剣の音か。
――もう思い出せなかった。




