凍る記憶
真っ白な世界。雪が降り積もる外の景色の中。彼は見覚えのない部屋にいた。大きな寝台の上で、見知らぬ女の腕に抱かれている。
ゆらゆらとあやす様にゆすられ、夢と現実の境を彷徨っていた。
ラガルは暖かさに身を委ね、今にも眠りの中に落ちそうだった。初めて覚える奇妙な感覚に抗えず、意識を手放していく。
女の顔をみようと顔をあげるが視界はもう開かず、見ることは叶わない。
うつら、うつらと時間が過ぎていく。
そのとき部屋の扉が勢いよく解き放たれた。冷気が入り込み、寒さに体が震える。
温もりを得ようと小さな体をよじらせた。
しかし女はそこにはもういなく。
代わりに剣を持った男が、彼を見下ろしていた。
鋼の刃が、白い息を裂いた。
首元に突きつけられる剣。
恐ろしくなってラガルは逃げ出した。
けれど小さな足では逃げることができず、彼は捕まってしまう。雪の上に鮮血が舞う。
怯えるラガルに剣を突き立てようと男が歩き出した。
ラガルは地面を這って逃げようとするが、後ろから伸びてきた手に捕まってしまった。
それは別の男の手だった。
皺が刻まれた大きな手が彼を引っ張る。
争うこともできずに入れられたのは真四角の部屋だった。
そこには窓も出口もなくただ自分だけがいた。
寒い。
凍える様に寒い。
霜が彼を包み込み周囲を凍らせていく。
そこにもう行き場はなかった。
――――――――――――――――――――――――
シーナとメフェルは影を追った。
影はもう見えなかった。それでも二人は追い続けた。やがて木々がなくなり茶色く濁った沼が目につく。
メフェルが悲鳴を上げた。
そこに探している人物はいた。
ラガルが泥の中に半分ほど沈みかけている。
飛び込もうとするメフェルを止めてシーナが中へ入って行った。
シーナはためらいもせず、泥の中へ足を踏み入れる。冷たい泥が足首を飲み込んだ。ズブズブと沈んでいく中、ラガルの体を掴み、必死に岸へとあげる。
岸から上がったラガルにメフェルは抱きつき、泣きそうな声で名前を呼ぶ。しゃくりを上げ出したメフェルを宥めて、シーナは呼吸を確認した。
……ラガルの息は浅いながらも確かだった。
「もう大丈夫です。」
シーナは胸を撫で下ろす。そっとラガルの肩に手を置いた。冷たい泥の中から掬い上げられたラガルの体は、わずかに震えている。
その胸の奥で、小さな鼓動が確かに鳴っていた。
霧が晴れ、灰色の空に光が滲む。
――生きている。
シーナはその事実に、ただ静かに息を吐いた。
灰色の空の向こうに、夜の帳が降り始める。
森は静まり返り、霧の残滓が地面に沈んだ。




