霧の呼び声
シーナは道もない森の中を歩いていた。泥に足を掬われながらメフェルとラガルを探す。
(そうだリュートを鳴らせば気づいてくれるかも。)
ふとした思いつきでシーナは演奏しながら、歩き出す。怖さを紛らわすためでもあった。だが曲がった背の黒い木、空の見えない鬱蒼とした木の葉の影、不気味に笑う鳥。
全てが彼の恐怖を煽っていた。
「さっきの音、もしかしたらメフェルさんの魔術だったのかも。」
シーナは森を揺らして音の正体を推測する。巨人の出した音だとは考えたくもなかった。しかし、仮にメフェルが出した音なのであれば、彼女は無事なのだろうか。
シーナの胸に不安がよぎる。
そうして音の方向に歩いていくと、盛り上がった土と倒れた木が見えてきた。さきほどの音の正体はこれだろう。
抉れた土から木の根が覗いている。
シーナはそれを見て、まるで土に押し出されたようだと思った。土を押し出すといえばメフェルの魔術に違いない。
シーナは彼女の身に何かがあったことを悟ると周囲を探し出す。そう遠くに入ってないはずだ。シーナは思った。
「メフェルさん!返事をしてください!」
白ばんだ景色の中。
シーナは叫ぶ。
その間も手は必死に演奏を止めることがなかった。
そして少し行った先に、人影を見つける。それはメフェルだった。白いワンピースは泥に汚れて、地面に寝そべっている。
気を失っているようだった。
「メフェルさん、メフェルさん!」
必死にシーナが彼女を揺する。すると薄らと瞳を開けて、メフェルは目を覚ました。黄色い瞳がシーナを見つめる。
「……シーナ?」
メフェルの睫毛が震える。
霧の中に、微かな音が残っていた。
それが、彼女を現実へと引き戻したのだ。
メフェルは辺りを見渡すと状況を飲み込んだのか、額に手を当てる。明らかな失態だった。苦虫を噛み潰したような顔を見せるメフェル。
シーナは彼女の意識が戻ったことに安堵した。
「……ごめんなさい、シーナ。」
メフェルは息を整え、震える手で額の泥を払った。
「あなたがいなかったら、危なかったわ。」
メフェルがシーナに礼を言う。
そして何かを探すような動作をした。恐らくラガルを探しているのだろうとシーナは思った。
そして彼の姿が見えないとなると血相を変えて立ち上がる。
「ラガルは?どこに行ったの!?」
「それがまだ見つかってなくて。」
シーナはこれまでの経緯を話した。
気がつけば祖母の家にいたこと、幻を抜け出たあとに大きな音がしたこと、その先でメフェルを見つけたこと。
話しながら、ラガルを探すべく歩みを進める2人、ふとシーナが地面に目をやると人の数倍はあろう巨人の足跡があった。
――嫌な予想が頭をよぎる。
もしかしたらラガルは巨人に捕まっているかもしれない。そうであったら自分はどうするべきか。
シーナは思わず体を震わす。
隣にメフェルがいようとも不安で仕方なかった。
メフェルはそんな彼の雰囲気を察したように、軽く微笑む。けれどもその笑みには疲れが見て取れた。
「ラガル、どこに行ったんでしょうね。」
心細さそうに呟く彼女は普段よりも幼く見えた。
いつもの明るさがなりを潜めている。
(メフェルさんも不安なんだ。僕がしっかりしなきゃ。)
シーナは怖さを押さえつけてメフェルの先を歩く。
そして顔を上げたときだった。
白い霧の切れ間に怪しい人影が見えた。
巨大な人影は霧の中に消えていく。
シーナが声を上げるよりも早く、メフェルが駆け出した。シーナはその後を追っていく。
霧の奥へ消えていく2人、やがて姿が見えなくなる。




