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旅立ちの青

 エポドナフルの街並みに3人の影があった。ラガルとメフェル、それからシーナだ。


「命を賭けたのに鏡は要らないって言われちゃったわね。」


 そう呟いたのはメフェルだ。依頼人に鏡を届けたところ、偽物は必要ないと返されてしまったのだった。


「私たちにくれても困っちゃうわね。」


 そうメフェルは隣にいたシーナに語りかける。シーナは曖昧に頷いた。ラガルはそんな彼に冷たい視線を送っていた。


「で?お前はいつまでついてくる気だ。」

「え、あ……そ、そのぉ。」


 シーナはラガルの質問に答えられなかった。なんとなく成り行きでついていたが、いつかは訊かれると思ってたのだ。


「いいじゃない。折角の出会いなんだしもっと楽しみましょうよ。」


 そこへメフェルが助け舟を出す。彼女はシーナに好意的で歓迎しているようだった。


「も、もう少し一緒にいたらダメですかね。僕お二人のこともっと知りたくて。」

「あら、もちろんいいわよ!私もシーナのこともっと知りたいわ。」


 パァっとシーナの顔が明るくなる。そしてメフェルときゃっきゃと話を始めた。2人は息が合うようで楽しそうだった。


「……ふん、勝手にしろ。」


 その様子にラガルは諦めたように言い捨てる。うるさい旅になりそうだなと1人こぼした。


 (ラガルさんの奥には、優しさが少しだけ見える気がする。)


 シーナは口には出さなかったがラガルの態度が多少和らいでる事に気づいていた。それは僅かな変化ではあった。だが確実に少年と男の距離を縮めるものであった。


「そ、それでこれからどこに行くんですか?」


 シーナがメフェルに尋ねる。しばらくメフェルは考えるそぶりをみせて2人に言った。


「色々行きたいところはあるけどネインバイドカラムなんてどうかしら。」


「ネインバイドカラムですか?古代遺跡が沢山あるっていう。」


 そこは苔と石に包まれた古都だった。ネインバイドという古い国の跡地で、陸と海の両方に魔獣が多いことで有名だ。シーナはそんな場所へ訪れる事に若干の期待と恐怖があった。


「そう、あそこなら魔法の研究にもってこいだと思うのよ。」

「……あそこは昔、塔の連中が掘り返してた場所だ。」


 ラガルがただ低く、そう答えると一瞬空気が冷えたような気がした。その声には、かすかな怯えと憎しみが混じる。しかし、シーナはそれに気づかず話を続けた。

 

「け、研究……ですか?勉強熱心ですね。」

「あいつは魔術に取り憑かれてる。」


シーナの言葉にラガルが反応する。どうにもこの男は捻くれていて、誰かを馬鹿にしないと気が済まないようだった。


「魔法と魔術は違います。一緒にしないで。」


 メフェルが頬をぷくっと膨らませ反論する。それはまるで子どものようだった。シーナは笑わずに、ただ疑問を口にする。


「ま、魔法と魔術って違うんですか?」


 その言葉にメフェルが待ってましたと言わんばかりに反応する。キラキラと瞳は輝いていた。しまったとラガルが顔に出すがもう遅い、メフェルは止まらなかった。


「ええ、そうよ。魔法は混沌の根源から来ている力に対して魔術は世界樹の秩序だった力からきているものなの。両者は似ているようで違うわ。結果は同じでも、過程が違うのよ。」


 早口でメフェルが語り始める。そこに2人が付け入る隙はなかった。ほんの一瞬の息継ぎを挟んで彼女はまた語り出す。それはシーナとラガルには難しすぎる内容で、2人の頭には入ってこない。


 結局、シーナが無理矢理止めるまでメフェルは語る事をやめなかった。


「け、結局……どういうことなんですか。」


「要約すると魔法は奇跡の力で、魔術はその模倣ね。」

「は、はぁ……?」

「魔法は呪文なんて関係ないわ。魔術は逆で秘められた言葉が必要なのよ。」


 続けてメフェルが言う、魔獣が言葉を話すのを見たことある?と。シーナが首を振ると満足したようにメフェルは言った。


「そうよね、ちなみに魔獣や魔族に1番多いのは身体強化の魔法よ。」


 一息つくと胸を張り、メフェルは言った。他にも亜人は魔法を使えないだとか、魔族は魔術を使えないだとか色々話していたがどれもシーナにはどうでもいいことだった。


「もう何も訊くなよ。耳が壊れる。」


 ラガルはウンザリした様子でシーナに言う。恐らくこの話を何回も聞かされているのだろう。シーナは少し悪い気がしつつ同情した。


「ラガルさんは、メフェルさんと長いんですよね。いつもこうなんですか?」


 シーナが本人には聞こえないように潜めた声で尋ねる。ラガルは一瞬答えるか迷ったが、小さく頷いた。

男同士の秘密の会話に気づいたメフェルが嬉しそうに振り返る。


「あらあら、もう仲良くなったの?いいわねぇ。」


 皮肉でもなく、本心から言ってるようだった。

 ラガルが嫌そうな顔をするかと思いきや、少し困ったような表情を浮かべる。どういう風に返答していいかわからないようだった。


「……そういうわけじゃない。」


 かろうじて放たれたその言葉はどこか照れを含んでいるようで、シーナには少し嬉しく思えた。


「そう、だったらこれからもっと仲良くなっていきましょう。ラガルに必要なのは人としての成長だわ。」


「は?」


 その言葉にラガルが怒りを隠さずに反応する。メフェルは微笑みを浮かべながらラガルの方を向く。いつもどおりの彼女の調子にラガルはそれ以上何かを言うのをやめた。


「そ、それじゃあ行きましょうか。ネインバイドカラムへ……へへ、僕なんだか楽しみです。」


 いつかのメフェルに変わってシーナがそう言う。『なんでお前が仕切るんだ』とラガルが呟いた。

 シーナは背に荷を背負い直し、2人のあとを追う。

 

 (父さんも、こんな風に旅をしていたのかな。)

 

 春風が雪解けの香りを運ぶ。空は青く澄み渡り、どこまでも穏やかだ。それは新たな旅の始まりを予感させるものであった。シーナの心は弾む。


 ――遠くの空には暗雲が立ち込めていたが、その方角がネインバイドカラムだということはまだ誰も気づいていなかった。

 

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