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祝福の名残

「こんなもんかね。」


 ルドーが袋を持ち上げてそう言った。中には金銀に光る財宝たちが入っている。黄金の輝きを袋一杯に閉じ込めてもなお、宝は余っていた。


「凄いわぁ、クラクラしてきちゃうわね。」


 ルドーの側で金貨を掬い上げるメフェルはあまりの光景に現実感を失っていた。シーナも恐る恐る宝に触れて喉を鳴らしている。

 

「俺たちも目的のものを回収するぞ。」


 ラガルはうず高く積まれた宝の上に座す、紫の鏡を見て言った。冷たい光が生者を誘うように反射する。不安定な足場を登ったところで横からもう一つの手が伸びてきた。


 ――目が合う。

 ベキアがラガルよりも先に鏡を手に入れ、続いてルドーがメフェルの首元に手を添えた。


「……一体どういうつもりだ。」


 唐突な出来事にラガルは動きを止める。しかしそれは驚きというより、相手の意図を探ろうとする冷静さが先に来ていた。


「動かないで、動いたら割るよ。この鏡。」

「女の首もついでにポッキリと行くな。」


 ベキアとルドーが冷たい声で答える。シーナは突然の仲間割れに頭が追いつかず、狼狽えていた。メフェルに目をやると、彼女は怯えるでもなくただ鋭い眼光でベキアを見ている。


「おっと睨まないでよ。ただ聞きたい事があるだけだから……正直に答えてね。」


 ベキアはいつものおどけた様子で言ったが、明らかに声色は固く。彼女の冷酷さが見えるようだった。


「亜人の魔獣狩りラガル――いいえ、灰境団のトカゲ(・・・)。あんたが持ってるんでしょ? “血の宝珠”。」


 ラガルは目を見開く。血の宝珠、灰境団、トカゲ、それらの言葉に反応して唇が震えた。なぜこの女がそんな事を、偶然にしては出来すぎている。なぜ。

 トカゲ――その呼び名が、かつて焚き火の夜に誰かが笑いながら呼んだ声と重なった。


 ラガルの思考は止まらなかった。しかしそれらが表情に出ることはなく、ただベキアの言葉に耳を傾ける。


「あなたがあの盗賊団にいたトカゲってやつだってことはわかってるの。そんな目立つ容姿なかなかいないしね。」


 ベキアがレイピアを抜いて構える。


「さあ、答えて血の宝珠はどこにあるの!」


 ラガルの答えは決まっていた。一つしかなかった。メフェルとシーナが不安げに彼を見つめる。冷えた空気の中、ラガルがゆっくりと口を開いた。


「知らない、俺はわからない。」

「ふざけないであなたが持ってるんでしょ。」


 レイピアを前へ突き出すベキアにラガルは再度答える。ラガルは何も知らなかった。その結果にベキアは顔を歪める。


「ならキース、頭目の居場所は!?」


 捲し立てるベキアの声には焦りが滲んでいた。このままでは情報もなく徒労に終わる。そしてラガルはキース、という言葉に息を止めた。ただ小さい声で一言言う。


「……知らない。」


 1度目よりも慎重に答えたラガルの呼吸が乱れる。ベキアはその乱れを見逃さなかった。


「本当のことを言わないとあの女の首を潰すよ!」


 ベキアが強く声を張り上げる。ギリっと握りしめるような音がした。果たしてそれはルドーがメフェルの首を絞める音だったのか、ベキアが剣を握りしめる音だったのか。しかしラガルの答えは変わらなかった。


 彼はメフェルを見る。だが、彼女の顔にも答えはなかった。ただ冷たい光だけが、二人のあいだに横たわっていた。


 そしてそのまま困惑するラガルを見て、彼女は諦めたような表情をする。


 ベキアは気づいた。この男は何も知らない――。


「わかった。ルドー行くよ。」


 レイピアをしまい、ベキアは宝の山を降りる。ルドーの横を通り過ぎるときに目配せをして、メフェルを解放させた。ケホケホと咳き込む声が聞こえる。


「あ、そうだこれは返しておくね。」


 洞窟の入り口まで戻ったベキアがそう言って鏡を地面に置いた。ルドーもベキアも振り返らずに洞窟の外へと消えてゆく。


 残った静寂の中でシーナが呟いた。


「ラガルさん……今のって。」


 不安に揺れた声に答えは返って来ない。続きの質問は思い浮かばなかった。口が渇いたようだった。

 沈黙だけがその場を支配する。


 1番に動き出したのはメフェルだ。

 彼女が鏡面を覗き込んだとき、瞳が揺れ動いた。

 メフェルの指が鏡の表面をなぞる。一瞬、誰も息をしなかった。


「ピィちゃん!」


 素っ頓狂な声を上げるメフェルに思わずラガルは顔を上げる。その声が、救いのように響いた。シーナも反応せざるを得なかった。


「ピィ……ちゃんってなんですか?」


「昔飼ってた鳥の名前よ。ピィちゃんだわ。」


 そう言って目を輝かせるメフェルだったが、弾んだ声を沈ませて言う。


「でもこれは”ヘレーの鏡“じゃないわ。」


 それは落胆というよりわかりきっていた結末に対しての諦めのようにも見えた。シーナは彼女に声をかけえうべきか迷ったが尋ねることにした。


「偽物ってことですか?」

「ええ、これを見て。何が見える?」


 メフェルは鏡をシーナに差し出した。シーナはまじまじと鏡を見る。けれどそこには自分が映るばかりで何も見えなかった。


「何も見えません。」


 そう答えたシーナにメフェルは少しホッとしたようななんとも言えない表情を浮かべた。そして語り出す。


「そう、それは良いことだわ。これは記憶にある死者の顔を写す幻術よ。」


 幻術、それは人を惑わせる術の総称だった。シーナも聞いたことはあった。それが自分には効かない、そのことにシーナは少し寂しい気持ちを覚えたが仕方ないことだった。何故ならシーナは父の顔も母の顔も知らないからだ。


「偽物の証拠に私が見ているものをシーナは見る事ができないわ。本物は死者の魂を写すのよ。記憶を元にした再現なんかじゃないわ。」


 メフェルは淡々と告げる。命を賭けたというのに嫌にあっさりとしていた。彼女はどこかでこうなる事をわかっていたのかもしれない。


「ラガル、行くわよ。」


 メフェルは未だ宝の山の上にいるラガルへと声をかけた。ずざざと音を立てて滑り落ちてくるラガル。シーナはベキアの言葉を思い出していた。

 ――灰の境、それは北にある銀の大地の終わりの国。最果ての地バドダランのことだった。そこにあるのは

荒れた土地と崩れた国境の壁、あとはバドダランを根城とする盗賊団、灰境団のアジトであった。

 故郷のエポドナフルでも彼らの噂は聞いていた。女、子供を攫い周辺の村を襲う蛮族の衆。

 何度も討伐隊が組まれたがことごとく追い返して、討伐隊を壊滅させてきた伝説の集団。


 (たしか僕が生まれる前に壊滅したはずじゃ。)


 その盗賊団は20年以上前に魔術師によって壊滅させられていた。理由はシーナも知らない。ただ祖父からは塔の魔術師が勢力を挙げたとだけ聞いていた。


(そんな盗賊団にラガルさんが……?)


「これはどうする。」


 ラガルが地面に残された金の腕輪を拾おうとする。メフェルが止める声も間に合わず、ラガルが触れた……そのとき。怪しく腕輪が光った。

 その光が這うようにラガルの腕へと昇っていく。


 ぶわ、と身の毛がよだった。


 鋭い痛みと共にラガルの腕が竜のごとき青紫の鱗に包まれていく。指先の温度が自分の意思とズレた。

 メフェルは杖を捨てて、ラガルの元へ駆け寄った。手を叩いて腕輪を落とさせる。怪しい光は鎮まり、ラガルの腕も元に戻った。


「大丈夫!?ラガル。」

「あ、ああ……。」


 流石のラガルも今の出来事には動揺したようで、目を丸くしていた。


「今のは一体、腕輪の呪い?」


 シーナが腕輪を見つめて呟く。


 (祝福を腕に宿す、祝いは呪いに変わる……まるであの詩みたいだ。)


 彼が思い浮かべていたのは酒場で歌った1つ詩だった。傍でメフェルがそっと鏡を布で包む。

 

「……行きましょう」

 

 その声はいつもより静かだった。

 

 シーナは何も言えず、ラガルの背を見つめる。

 その背は酷く寂しく思えた。


 ラガルの耳に洞窟の外から風の音が届いた。

 冷たいはずの風が、なぜか熱を孕んでいる。

 頬を掠めるその風にラガルは一抹の不安を覚えた。

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