選ばぬ者
銀の塔にてウォリケは全てを見ていた。
冷たい輝きが彼を包む。
ウォリケは鷲頭の杖を持ち、王座に寄りかかっていた。
目を瞑り、鴉の視線を探る。
そこでは、あのラガルという魔族とエンルフの転生体が戦闘を繰り広げているところだった。
神族の双子、フリードとフリーデを打ち負かした男に、あの魔族が勝てるとは到底思わない。
ウォリケはただ、眼の裏で彼らの行く末を見守る。
「グロードも万全ではない……どこまでやれるか。」
一人、ウォリケは呟きをこぼす。
このままグロード王子がやられてしまうとは露にも考えていなかったが、万が一のことを考えると冷や汗が流れる。
本当ならば自分がすぐにでも行きたかった。
しかしウォリケはこの玉座に縛られている。
自分が離れるわけにはいかない。
——だが。
ウォリケは、微かな違和感に眉を寄せた。
視界の奥、鴉の眼が捉えた光景に、本来あるはずの“流れ”が存在しない。
剣は振るわれている。
魔は噴き上がっている。
それでも——。
「……止まっている?」
時間ではない。
力でもない。
選択が、進んでいない。
エンルフの転生体は迷いなく刃を振るっている。
だが、対する魔族は違った。
あのラガルという存在は、
勝つための動きをしていない。
殺すためでも、生き残るためでもない。
命じられた結果”から、逸れようとしている。
「……拒むだと?」
そんなそぶりは王宮にいたときに見せなかった。
従順な駒を手に入れたとウォリケは思っていた。
聞いていた彼の様子と、今、瞼に映る彼の選択は違った。
「あの男、何を考えている?
エンルフの信奉者だったのか?」
魔族の中にはカルトのような者たちもいるというのは知っていた。
しかしあの男がそうには見えない。
命令を遂行したくないような動きに、ウォリケは腹を煮たせる。
腹立たしさと同時に、ウォリケの胸裏に、薄く冷たいものが広がった。
――理解できない。
拒む理由が、どこにも存在しない。
勝てない相手ではない。
命じられたことは、彼自身の生存にも繋がる。
それでもなお、あの魔族は刃を鈍らせている。
「……選ばぬ、だと?」
鷲頭の杖を握る指に、僅かに力が籠もる。
銀の塔が、きしりと鳴った。
ウォリケは思考を巡らせる。
あらゆる可能性を並べ、切り捨て、再構築する。
だが、どこにも“答え”が置けない。
あの男は、恐れていない。
従うことも、背くことも。
ただ、定められることそのものを、拒んでいる。
「空の器だと思っておったが、違ったのか?」
ここで初めてウォリケはラガルという男に興味が湧いた。
命じなければ何者にもなれない男だと思っていた。
だが、実際には違うのかもしれない。
秩序に縛られた神は王座で、行く末を見守る。
ウォリケは王都から離れられないのを恨めしく思う。
「……ならばせめて。」
鷲頭の杖を、強く床に突き立てる。
「選べ。壊れるのが、お前か、世界か。」
その言葉は、誰にも届かない。
ただ銀の塔だけが、静かに、沈黙を深めていた。




